咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

こうして本ができあがる

エピソード15. 激発

私が彼女に「この想いを託そう」と思ったのは、彼女の本を読んだからだった。 ━「あんな本」が書ける彼女であるならば、この本も書き抜くことができるだろう 彼女の「あんな本」が出版された2015年の夏に、私は3つの病院を転々としていた。 私の腫瘍の位置…

エピソード14. 約束

このブログは現在(2017年9月17日)と、過去を往来しながら書いている 2016年の4月に「一緒に本を作りましょう」 清水先生にそういいながら、私は≪どうやって本をつくるか≫を、考えていた。 私は本など作ったことはなかった いや、遠い昔に≪自費出版≫というも…

エピソード13. 本懐

Amazon CAPTCHA ←人生でほんとうに大切なこと 相手は私をどう呼ぶかはわからないが、私には≪親友≫と呼べる友人が何人かいる 「闘病記を書いたらいい。書き残したらいい」 何人かの親友に、病気になったことを告げた時にいわれた 検索すると、ネット上に「〇…

エピソード12. 物語

「今日もがんセンターには沢山のひとが来ていますね。 ほとんどが無名の人だ。そして、みんなが、命懸けの戦いを戦っています」 清水先生はうなずきながら聞いてくれる。 「無名のおっさんやおばさんが、想像を絶する痛みに耐えながら戦う、となると、それっ…

エピソード11. 専門

迷子になっていた私と一緒に迷うことで 私の手をゆっくりとひいてくれた人 それは、「精神腫瘍科医」という聞きなれないものだった。 しかし、「がん専門の精神科医のことだ」私は、そう、理解した その人は清水研という医師で、国立がん研究センター中央病…

エピソード10. 迷子

2017年8月27日夜、 テレビを観ていたら、こんな台詞が耳に残った 「道に迷った者に、『どこにいるのか声をあげよ』というのは、無理なこと。 一緒に迷うことで、ゆっくりと手を引いてやろうとされておるのではないか」 同じことをしてもらった経験があった …

エピソード9. 邂逅

思いがけず巡り合うことを「邂逅」という。 私は、死の淵を覗きこんでいた時に、 その≪先生≫と邂逅したのだ それは2015年の冬のことだった。 退院した私は、がんの新薬開発の為の治験者となっていた。 標準治療全て終わったのだ。 せめて、治験者=モルモッ…

エピソード.8 予告

現在は2017年8月20日 進行性肺がんの患者には、まれに長い時を持つ者もいるという これから、私は私に訪れた二つの物語について記録しておこうと思う ①2015年8月から2016年8月までの物語 これは平凡な男が、自分の人生を見直す物語になる そして、 ②2016年8…

エピソード.7 別離

2017年の8月の今にして思い返せば、 2016年の8月の私は、つまり、1年前の私は、近々に死ぬ気でいたのだと思う。 5年生存率5%という病状、「進行性肺がん」という病名を受け入れるには 死を覚悟する必要があった そして、おそらく当時の私は、自分の人生に…

エピソード6. 証し

2016年8月 発現してから1年がたった。 がん患者になって1年がたっていた。 「がん患者の中には、あまりにも痛みが強く、長く続くために、『いっそうのこと死んでしまいたい』と思う人がいますが、あなたはどうですか?」 初めての受診の時に、私は子どものよ…

エピソード5. 絶望

がんはステージにもよるが、すぐに死ぬわけではない。 死ぬまでに時間があるはずが、その時間を自ら断ち切る人もいるという たとえば、がん告知を受けた段階で、自殺してしまう人もいるという。 がんセンターの集計では、がん告知を受けた後に自殺してしまう…

エピソード4. 廉恥

私が大切にしてきたものに「廉恥心」というものがある。 恥を知る、ということだ。 例えば、 「泣かない」 「怖がらない」 「期待をうらぎらない」 「あきらめない」 「弱音をはかない」 「前を向く」 「みっともないことをしない」 それらの言葉を糧として…

エピソード3. 悲鳴

がんセンターの外来待合いでのことだった。 老夫婦が罵り合っていた。 罵り合うといっても、おじいさんがおばあさんを叱りつけている。 おばあさんは使い慣れない杖が上手く使えない。 それにおじいさんが文句を言う。 そのおじいさんの罵声が、私には、まる…

エピソード2. 統計学

過去のデータは未来を予測するために便利なものだ 2015年11月。治療を終了して退院した私はいくつかの数字を知っていた 私の身体の部位に、私と同じ大きさの悪性腫瘍ができた者の5年生存率5% 治療をすることで、5年生存率は20%になるが、治ることはない …

エピソード1. エレベーター

「肺がんです。5年生存率5%」 2015年7月のあの日 国立がん研究センター中央病院呼吸器科でそう告げられた時、 私の頭に浮かんだのは、マンションのエレベーターだった。 『棺桶は縦にしか乗らない』 だから、病院で死んで、そのまま斎場に運んでもらいたい…