咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

こうして本ができあがる

エピソード0. 仲間

2017年10月11日水曜日 妻の通院の付き添いから自宅に帰りつくと「見本」が届いていた 10月12日木曜日 何人かに「献本」が届く 10月13日金曜日 「献本」の感想が届き始める その中には、このブログの感想まで及ぶものがあった それは、ご本人のものではなく、…

エピソード30. 継続

清水能子の登場は、まさに≪起死回生≫の出来事だった 出版が実現するだけでなく、清水能子の編集で、≪本の骨格≫が変わってくる いや、清水能子は、精神腫瘍学を伝える為に、改めて本を編集したのだ そして、清水研が持つの膨大な≪記憶量≫と稲垣の≪取材力≫が、…

エピソード29. 回生

2017年の四分の一が過ぎようとする中、私たちの連敗は続いていた 私の体調は低位で安定していた。痛みはコントロールされて、心はおだやかだった がん患者に、その家族に精神腫瘍科の存在を伝えたい なぜなら、がん患者も、その家族も、それぞれに≪孤独≫を抱…

エピソード28. 連敗

2017年があけた 昨年来、作家・稲垣麻由美は出版社へ企画を持ち込んでいた 「精神腫瘍学を紹介する本を書きたい」 「精神腫瘍学を紹介する本を世に出したい」 そんな稲垣に出版社は、興味を持ってくれた 精神腫瘍科をテーマにした本は少ない 「国立がんセン…

エピソード27. 一凛

稲垣は、清水研医師を通して沢山の患者のエピソードに触れていた 私にとって、がんがひとつのエピソードに過ぎないように 、 稲垣にとっては、私のエピソードも、多くのエピソードのひとつに過ぎなくなっていた おだやかに死を迎えることができる《死生観》…

エピソード26. 対面

その会議は、小さなホテルで行われた 会議の召集者は、作家・稲垣麻由美 出席者は、清水研・金井雄資・応援団団長、そして私たち夫婦 清水研さんと金井雄資さんはこの時が初対面だった 会議の前には、清水研さんが初めて能楽堂へ行き、お能のお仕舞を観る と…

エピソード25. 境界

能舞台とは、≪三間四方≫と呼ばれる舞台と≪橋掛かり≫といわれる通路から成る 死者である能役者は、橋掛かりを通って三間四方に現れる 三間四方の舞台の後ろには≪松≫が見える。ここは≪鏡板≫と呼ばれる そこにあるのは≪鏡≫であり、正面にある(はずの) ≪松≫の姿…

エピソード.24 賛歌

能楽師金井雄資師への取材は、能楽堂でおこなわれた 「能楽とは死者と生者の邂逅である」 かつて、能楽師は、そう語った。 能楽の中でも≪夢幻能≫の登場人物は≪死者≫である場合が多い。 「想いを残して逝った者が、想いのたけを語って成仏するという。 お能と…

エピソード.23 背中

清水研医師への取材には、私の外来受診に作家が同席することも含まれた。 「がん患者だけでなく、患者の家族であれば精神腫瘍科を受診できます」 清水医師は私に向けていう。私の背後で作家は気配を消している。 私の背後に作家がいることで、私は、私たちは…

エピソード.22 希望

「父親として、妻や子のお荷物にはなりたくない。 リアルなお父さんの気持ちとしては、そうでしょうね」 ≪作家≫は、けして否定はしない。しかし、≪作家≫は明言する 「それでも、人が読みたいのは、≪希望の書≫です」 がんの本が売れないのは、簡単な理由だ。 …

エピソード21. 逃切

「何故、生き延びようと思わないのですか?」 ≪作家≫はまっすぐに尋ねる 5年生存率5~20% 身体の芯からの間欠泉のような痛み 痛みを麻薬で抑え、睡眠薬で眠る毎日 それでも人は生きたいと思うものなのか? 「思います。生きて欲しいとも、思います」 ≪作家…

エピソード.20 始動

私の≪精神腫瘍科伝えたいプレゼン≫が終わった時、≪作家≫はいった。 「『がんの本は、売れない』っていわれているんですけどね」 それは≪作家≫ではなく、≪出版プロデューサー≫としての彼女の言葉だった 伝えることは、ほんとうに難しい 私はそう思った 私は、…

エピソード.19 僥倖

そう、とにかく闘わない。おだやかに受け容れる。 死を受け入れる 私がそんな≪死生観≫をもつようになったのには、 間違いなく学生時代からの親友の影響からだった。 彼は能楽師だ。彼の父も能楽師であったし、彼の息子も能楽師だ。 重要無形文化財の親友など…

エピソード.18 翁面

「基本的に私と清水先生の≪対話≫を、本の形で再現できれば良いのではないかと思っています」 私は団長に説明した 「私が絶望する。その絶望の中から≪死生観≫を見出すまでの道のりを、≪翁≫への道のりを、清水先生との対話で描く」 ≪悟り≫ではなかった。≪覚悟≫…

エピソード17. 団長

私は、私が体験してきたことを伝えるための本を、精神腫瘍学を広める普通の人向けの書籍を作ることにした。 とはいえ、物事を実現するためには、いくつものステップが必要だ。 ひとりでは何もできない。 まず、志を同じくする者として清水先生がいる しかし…

エピソード16. 作家

「知り合いの方のお母様が、戦地のお父様に送った≪恋文≫をお預かりしています」 そんな話を彼女から聞いたことがあった。 ━戦地への妻の書簡集?それとも詩集のような本になるのかな? 私はぼんやりと、そう思っていた。 ところが、彼女はそんなものは作らな…

エピソード15. 激発

私が彼女に「この想いを託そう」と思ったのは、彼女の本を読んだからだった。 ━「あんな本」が書ける彼女であるならば、この本も書き抜くことができるだろう 彼女の「あんな本」が出版された2015年の夏に、私は3つの病院を転々としていた。 私の腫瘍の位置…

エピソード14. 約束

このブログは現在(2017年9月17日)と、過去を往来しながら書いている 2016年の4月に「一緒に本を作りましょう」 清水先生にそういいながら、私は≪どうやって本をつくるか≫を、考えていた。 私は本など作ったことはなかった いや、遠い昔に≪自費出版≫というも…

エピソード13. 本懐

相手は私をどう呼ぶかはわからないが、私には≪親友≫と呼べる友人が何人かいる 「闘病記を書いたらいい。書き残したらいい」 何人かの親友に、病気になったことを告げた時にいわれた 検索すると、ネット上に「〇〇のがん闘病記」のようなものがたくさんあった…

エピソード12. 物語

「今日もがんセンターには沢山のひとが来ていますね。 ほとんどが無名の人だ。そして、みんなが、命懸けの戦いを戦っています」 清水先生はうなずきながら聞いてくれる。 「無名のおっさんやおばさんが、想像を絶する痛みに耐えながら戦う、となると、それっ…

エピソード11. 専門

迷子になっていた私と一緒に迷うことで 私の手をゆっくりとひいてくれた人 それは、「精神腫瘍科医」という聞きなれないものだった。 しかし、「がん専門の精神科医のことだ」私は、そう、理解した その人は清水研という医師で、国立がん研究センター中央病…

エピソード10. 迷子

2017年8月27日夜、 テレビを観ていたら、こんな台詞が耳に残った 「道に迷った者に、『どこにいるのか声をあげよ』というのは、無理なこと。 一緒に迷うことで、ゆっくりと手を引いてやろうとされておるのではないか」 同じことをしてもらった経験があった …

エピソード9. 邂逅

思いがけず巡り合うことを「邂逅」という。 私は、死の淵を覗きこんでいた時に、 その≪先生≫と邂逅したのだ それは2015年の冬のことだった。 退院した私は、がんの新薬開発の為の治験者となっていた。 標準治療は、全て終わったのだ。 せめて、治験者=モル…

エピソード.8 予告

現在は2017年8月20日 進行性肺がんの患者には、まれに長い時を持つ者もいるという これから、私は私に訪れた二つの物語について記録しておこうと思う ①2015年8月から2016年8月までの物語 これは平凡な男が、自分の人生を見直す物語になる そして、 ②2016年8…

エピソード.7 別離

2017年の8月の今にして思い返せば、 2016年の8月の私は、つまり、1年前の私は、近々に死ぬ気でいたのだと思う。 5年生存率5%という病状、「進行性肺がん」という病名を受け入れるには 死を覚悟する必要があった そして、おそらく当時の私は、自分の人生に…

エピソード6. 証跡

2016年8月 発現してから1年がたった。 がん患者になって1年がたっていた。 「がん患者の中には、あまりにも痛みが強く、長く続くために、『いっそうのこと死んでしまいたい』と思う人がいますが、あなたはどうですか?」 初めての受診の時に、私は子どものよ…

エピソード5. 絶望

がんはステージにもよるが、すぐに死ぬわけではない。 死ぬまでに時間があるはずが、その時間を自ら断ち切る人もいるという たとえば、がん告知を受けた段階で、自殺してしまう人もいるという。 がんセンターの集計では、がん告知を受けた後に自殺してしまう…

エピソード4. 廉恥

私が大切にしてきたものに「廉恥心」というものがある。 恥を知る、ということだ。 例えば、 「泣かない」 「怖がらない」 「期待をうらぎらない」 「あきらめない」 「弱音をはかない」 「前を向く」 「みっともないことをしない」 それらの言葉を糧として…

エピソード3. 悲鳴

がんセンターの外来待合いでのことだった。 老夫婦が罵り合っていた。 罵り合うといっても、おじいさんがおばあさんを叱りつけている。 おばあさんは使い慣れない杖が上手く使えない。 それにおじいさんが文句を言う。 そのおじいさんの罵声が、私には、まる…

エピソード2. 統計

過去のデータは未来を予測するために便利なものだ 2015年11月。治療を終了して退院した私はいくつかの数字を知っていた 私の身体の部位に、私と同じ大きさの悪性腫瘍ができた者の5年生存率5% 治療をすることで、5年生存率は20%になるが、治ることはない …