咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

神さまになったクモ 1

f:id:syukugami:20170709154826j:plain

神さまになったくも


 冬の静かな夜にはこんな話しがあります。

 ある所に虫の村がありました。人間の町があるのですから、虫の村もあります。

 そして、そこに、クモの仕立屋さんがおりました。この仕立屋は8本の手足を使い、上等の糸で仕事をするのでたいそうはんじょうしていました。

 けれども、クモさんは、もうおじいさんでした。

 クモさんは早く隣り村の息子に後をつがせたいと思っていました。 クモさんのひとり息子は、山をこえたとなり村でやっぱり仕立屋をやっておりました。年をとって仕事がつらくなって来たクモさんは、毎日のように息子のことを思ってくらしていました。

 クモさんの村は静かな村でした。この村に今、秋が来ておりました。静かな秋が来ていました。

 ある日クモさんの所に一通の手紙が来ました。持って来てくれたのは、郵便屋のバッタ君でした。

「おじいさん、息子さんからの手紙ですよ」

 クモさんが手紙を待っていたのを知っていたバッタ君は、にこにこしながら手紙を渡しました。もらったクモさんも、てれながら、にこにこして読みはじめましたが、ふとくすくす笑い出しました。

 バッタ君はびっくりしてしまいました。クモさんの目から涙が流れていましたから。

「どうしました? クモさん」

「いや、なに、そのね。息子は元気でやっているのだけどね。 あの忙しいらしくてね。孫もいるのだけど、可愛くってね。 これが。いや、それでこっちには帰れないんだそうだ」

 クモさんは、木枯しのように笑うと、そっと涙をふきました。

 バッタ君は、 やさしいクモさんが淋しそうにしているので悲しくなりました。

 けれども何といったらいいのかわかりませんでした。

「クモさん、あの」

 バッタ君はちょっぴりためらいましたが、目をふせながらいいました。

「クモさん、音楽会には来て下さいね。ぼくが指揮をやるんですよ」

 そしてにっこり笑うと、とても急いでいるように走っていってしまいました。

 クモさんは、バッタ君のうしろすがたをぼんやりと見送りました。

 バッタ君が見えなくなっても、ぼんやりと立っていました。

「どうしたんだい?」

 家の中から声がかかって、クモさんは、われにかえりました。

 空いっぱいの秋はもうたそがれはじめていました。

「どうしたんだい。中におはいりよ」

 声をかけてくれるのは、クモさんといっしょに住んでいるケムシのおじいさんでした。クモさんは、ケムシさんの毛を針に使っていました。

「ああ」

 クモさんは、ふりむいて暗い部屋に入りました。

 冷たくなった秋風が、クモさんのせなかをたたきました。

 部屋の中はあたたかく思えませんでした。

「あのね。息子は帰ってこれないんだって」

 クモさんは、てれたように目をふせながらケムシさんにいうと、誰にも聞こえないような、ちいさなため息をひとつつきました。

「そうかい」

 ケムシさんも目をふせて、クモさんよりもっともっと、ちいきなため息をつきました。 ケムシさんもやっぱりひとりぼっちでした。

 その夜は、クモさんとケムシさんは、いつものとおり食事をしましたが、お互いに何もいえずにいました。まるで顔を合わせているのがつらいように、いつもより早くベッドに入りました。

 けれどもいつまでたっても眠れずにいました。

 横になったまま、ちいさいため息をくりかえしていました。

 そしてとうとう、クモさんが起き上がりました。

「ねえ、ケムシさん」

「ん。なんだい」

 ケムシさんも起きあがりました。

「いや、その」

「残念だね、あの、息子さん」

「いやあ、別に、半分あきらめていたからね」

「とにかく、息子さんも幸福そうだということなんだよね」

「そうそう、ありがたく思わなきゃね」

 クモさんとケムシさんは、そういってちょっと笑いました。

 けれどすぐまた黙ってしまいました。

「ねえ、ケムシさん」

 また横になったあと、クモさんがかすれた声でいいました。

「私は、これから誰のことを夢にみて、誰を思ってくらしたらいいのかねえ」

 クモさんは、毛布をかぶりました。

 ケムシさんはもう眠ってしまったらしく、何も答えてはくれませんでした。

 夜はクモさんをひとりぼっちにして、ふけてゆきました。