園長さんは、キョトンとしましたが、すぐに真っ青になりました。
そして、やっとのことで市長さんに電話で報告しました。
その夜、市長さんの家で、市長さんと園長さんと飼育係さんの三人が会議を開きました。
そして、ひとつのことを決定しました。
その決定事項は街中に張り紙で伝えることにしました。
『夢について、眠って見る夢だけではなく、希望や願いなども秘密にすること』
張り紙を見たみんなが、すぐにバクのことだと思いました。
みんなは、『夢』という言葉を使わなくなりました。
みんな、自分の夢は、とても大切なものだと信じていました。
その大切な夢を知られることは怖かったし、夢を失うことは、さらに恐ろしかったのです。
みんなはそれぞれに大切な夢を持っていたのでした。
バクはだんだんとやせて、やつれてきました。
バクを見つめてくれる人は、もう誰もいませんでした。
バクは淋しかったのでした。
みんなは、やせてゆくバクをチラチラと見て、夢が食べられていないからだろうと、ちょっぴり安心していました。
そして、街はバクが来る前のように静かな街になりました。
ある黄昏時、もう動物園が閉まろうとする頃、一人の小さな女の子がバクのオリの前い立っていました。
その女の子はゾウが好きなのですが、バクがなんだか淋しそうにしているので、バクを見に来たのです。
女の子はとてもやさしい子でした。
女の子はバクのオリの前の張り紙を読みました。
張り紙は誰にでも読めるように『かな』がふられていました。
女の子は張り紙を読みました。
けれども、バクは淋しそうにしています。
女の子は小さな頭をしばらくかしげていました。
やがてにっこりとほほ笑みながら小さな声でバクにいいました。
「わたし、おはなやさんになりたいの。でも、かんごしさんにもなりたいの。だから、おはなやさんのほうの夢を、あげる」
女の子はそれだけいうと、はねるようにかけて帰って行きました。
女の子が帰った後、バクが、ほろほろと涙をながしはじめました。
静かな夜に、バクは涙を流しておりました。
それからしばらくして、バクは遠い街に売られることになりました。
みんなはバクといっしょには暮らせなかったのでした。
みんなは、自分の夢に息をつめさせたくはなかったのでした。
バクが街を去る日には、誰もが家の中で静かにしておりました。
みんなは、バクがやってきた時のパレードを思い出しました。
あの時はバクが来ることがあんなに嬉しかったのに、今は、バクがいなくなることで安心できることを不思議には思いませんでした。
バクを乗せた車は、静かに動き出しました。
飼育係さんだけがバクを見送りました。
車に乗せられたバクから動物園の動物たちが見えました。
みんなバクと目をあわせません。
動物園の門を出る時に、バクはあの女の子に気づきました。
女の子はバクを見送りに来てくれていたのです。
「ぼくはね、夢なんか食べないんだよ」
バクの言葉は女の子には届きません。
誰にも届きません。
女の子は悲しそうにバクを乗せた車を見送っていました。
見えなくなるまで見送っておりました。