咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

さようならの魔法使い 2

女の子は、びっくりしました。

けれども、まだ目がはっきり覚めてないからか、あまり怖くありませんでした。それにその男の人のことをどこかで見たことがあるような気がしましたから。

「こんばんは」

「こんばんは」

女の子は、男の人に上手にごあいさつができました。

それで勇気が出た女の子はたずねました。

「あなたは、だあれ?」

「ぼく?ぼくは魔法使いさ」

  女の子は、またびっくりしました。魔法使いは悪い人だと絵本には描かれていたからです。

「そりゃ、悪い魔法使いもいるさ。ぼくみたいに良い魔法使いもいるんだからね。魔法使いが良いか悪いかじゃない。その人が良い人か悪い人か。そこが大切なことなんだ」 魔法使いは、にっこり笑っていいました。

「どうして、ここにきたの?」

女の子は用心深くたずねました。絵本でも狼なども最初はにこにこしています。それで安心させておいてガブリとくるのです。

「海を見せに来た」

「え?」

「きみが海を見たいっていうんでね」

「どうして?」

女の子は不思議でなりません。

「どうしてそれを知っているの?」

「知っているよ。魔法使いというのは、そういうものなのさ」

「ふうん」

  女の子は感心しました。まだ小さい女の子は知らないことばかりです。

「海が見たいかい?」

「はい!」

 女の子は良いお返事をしました。女の子はもうどきどきしています。魔法使いは女の子の頭をそっと撫でます。

「目をとじてごらん」

  女の子が目を閉じると、まぶたの裏に、絵本で見た海が広がりました。そして、それがどんどん遠くに消えていきました。

 真っ白な世界に女の子は一人でいます。

 ふと、水の音がしました。そう思ったら、いつしか波の音、潮騒が近づいてきました。女の子は風を感じました。塩気を含んだ風を感じていると、真っ白な世界のはるか彼方に海が見えました。海はだんだん近づいてきます。やがて、女の子の目の前に、海が広がりました。打ち寄せる波は、白い泡をあつめては消えてゆきます。 海の向こうには一本の線があります。 海と空とをへだてる線があります。

「あれは、水平線」

女の子の頭の中で声が聞こえました。

「絵本とは違う」

女の子は思いました。

「これが海だよ」

  魔法使いのささやきに、女の子は目を開きました。 海は消えました。

「もっと見せて」

「また今度ね」

「いつ?」

「今度さ。また会えたら、また会える。会えなきゃ二度ともう会えない」

  魔法使いはそういうと、開いている窓から月の方に歩いて行きました。

  女の子は、魔法使いを窓から見送りました。 魔法使いは一度も、振り返りませんでした。 魔法使いとは、そういうものなのです。

  魔法使いが月の光の中に見えなくなって、女の子は、まだどきどきしながらベッドに入りました。そしてすぐにすやすやと眠ってしまいました。 女の子はまだ小さくて、夜はとてもおそかったのでした。その夜女の子は海の夢をみました。絵本の海ではなく、魔法使いが見せてくれた海の夢でした。

 なぜかその海には、魔法使いが微笑みながらたたずんでいました。