次の朝、女の子が目をさますと、窓は全て閉じられていました。頑丈な鉄格子さえあります。
昨夜のことは、全部、夢だったのかなと思いました。
それで、女の子は魔法使いのことを王様にもお妃様にもないしょにすること にしました。
けれども、その夜も、魔法使いはやって来ました。
しかも、魔法使いの姿や声は、王様にもお妃様にも、見えない、聞こえないのです。
女の子はびっくりしました。 女の子以外の人間には、魔法使いは見えない、聞こえないのです。女の子だけが、魔法使いが見えて、魔法使いとお話ができるのです。 女の子はとまどいましたが、王様やお妃様、つまり、お父さまお母さまを心配させないように 魔法使いのことは黙っていることにしました。
魔法使いは、雨の夜や風の夜に女の子のところにやって来ました。
魔法使いは、女の子にいろいろなものを見せてくれました。高い山、広い川、さまざまな草花や木々。魔法使いは女の子の絵本の絵の中の世界に連れて行ってくれました。
そこには沢山の精霊たちがいました。ずいぶん前にこの世を去った死者たちもいました。女の子は、何度も亡くなったお祖父様やお祖母様に会えました。そして御先祖様にも会えました。
魔法使いが見せてくれる夢の中で、女の子はとても幸せでした。
女の子は時々、魔法使いが絵本の中の王子様のように思える時がありました。けれどもそれは女の子の思い違いで、魔法使いはやっぱり魔法使いなのです
女の子はすくすくと育っていきましたが、魔法使いには変わりはありませんでした。女の子と魔法使いでは時間の流れが違うのです。魔法使いとはそういうものなのです。
ある夜、魔法使いが姿を現すと、女の子がたずねました。
「どうして私のところに来てくれるの?」
魔法使いはおどろいたような顔をしました。魔法使いがそんな顔をしたのを、女の子は初めて見ました。
「きみが望むからさ」
「私は望むから?私が来てほしいと望むから?」
「そうして欲しいと望むなら、私はそばにいる。魔法使いとはそういうものなのさ」
女の子には結婚の話が持ち上がっていました。お隣の国の王子様との結婚を、王様も御妃様も望んでいました。王様も御妃様も魔法使いのことを知りません。魔法使いは女の子にしか見えないのですからしかたがありません。
魔法使いとはそういうものなのです。
女の子じゃ王様と御妃様のことをとても愛していました。だから、二人の望み通りに隣の国の王子様と会ってみようと思いました。
女の子はお姫様になっていたのです。
それでも女の子は、魔法使いのことが気になりました。女の子は空気のような魔法使いへの気持ちをなんと呼ぶのか、どんな言葉にすればよいのかが、女の子にはわかりませんでした。
隣の国の王子様はとても素敵な王子様でした。女の子は王子様に会ったとたんに恋をしてしまいました。
すると魔法使いのことは、すべて忘れてしまいました。
魔法使いとは、そういうものなのです。
その夜、王子様と踊りつかれて眠るお姫様のところへ魔法使いは現れました。
魔法使いには眠っている女の子が見えますが、もし、目を覚ましたとしてもお姫様には魔法使いは見えないのです。
「もし、君がぼくのことを『愛している』といってくれたなら、その言葉で魔王の呪いが解けて、もとの王子にもどれたのだが」
魔法使いはそうつぶやくと、淋しそうに笑って、眠っているお姫様の頭をそっとなでました。
別れには、『再会を約束する別れ』、『神の祝福を呼ぶ別れ』があります。
しかし、このときの魔法使いの別れは、『あきらめるしか仕方のない別れ』でした。
だから魔法使いはお姫様に「さようなら」といいました。
そして魔法使いは月の彼方に歩いて行ってしまいました。
お姫様は王子様と幸福にくらしました。王子様はやさしい方でした。
お姫様の幸福は本物でした。
それでも吹き抜ける風や、しんしんと降る雨に、誰かのささやきが聞こえるような気がしました。そんな時、お姫様は、大切ななにかを忘れてしまったかのような気がしました。そしてなぜか自分の頭をそっとなでてみるのでした。