咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

エピソード15. 激発

 私が彼女に「この想いを託そう」と思ったのは、彼女の本を読んだからだった。

━「あんな本」が書ける彼女であるならば、この本も書き抜くことができるだろう

 

 彼女の「あんな本」が出版された2015年の夏に、私は3つの病院を転々としていた。

私の腫瘍の位置があまりにも心臓に近い為、手術はもとより≪細胞検査≫すらできないことが、その原因だった。そして、手術ができないからこそ、がん細胞の種類を正確に知る必要があった。

 がんの治療は、手術と放射線抗がん剤治療のことだ。

 そして、抗がん剤はがんの種類によって異なる

「開胸しての細胞のみを摂取する。どうせ手術はできませんから、それで『何がん』かが判ったところで、抗がん剤の種類を決めて、放射線治療を検討しましょう」

 初めに行った病院の医師の言葉にうなずいてきた私は、

 妻からの猛反対を受けることになる。

「何故、そんな大切なことを自分だけで決めるの?」

 私は驚いた。それほど激しい反対にあうと思っていなかった。

「がんの治療は、どこの病院でも同じだろう。近い方が来やすいだろう」  

 がんになった。もう死ぬんだから、近いほうが良いだろう

 妻はたたみかけてきた。

「がんになって、あきらめてるでしょう?もう、お終いだと思ってるでしょう?」

 あきらめていた。お終いだと思っていた。

「私はあきらめてないからね」

 なにがあっても、黙って、笑ってついてきてくれた妻が

 いつもはおとなしい妻が

 泣きながら激怒していた

「一生にいっぺんくらい、私のいうことをききなさい」

 妻が激発した

 

 「はい」

 

 こうして、セカンド・オピニオンで行った病院で、

 開胸せずに、気道から気道の≪向こう側≫の肺の細胞摂取アプローチ、

 を実施するも失敗

 サード・オピニオンとなる国立がんセンター中央病院での

 再度の気道からのアプローチも失敗に終わる。結局、入院して食道からのアプローチ。食道壁の裏側にある肺の壁を突き抜けて、肺門にある腫瘍から細胞を摂取する

 こうして、私の腫瘍の細胞摂取が成功し、私のがんの種類がわかった

 

 そして、国立がん研究センター中央病院に入院することとなった

 

 そんな時、私は彼女の本を手にした

 

↓10月19日発売

人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話