咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

エピソード.23 背中

清水研医師への取材には、私の外来受診に作家が同席することも含まれた。

「がん患者だけでなく、患者の家族であれば精神腫瘍科を受診できます」

清水医師は私に向けていう。私の背後で作家は気配を消している。

 

私の背後に作家がいることで、私は、私たちは≪背中≫を描いてもらえることになった。

自分でも見えない自分の背中。

より客観的に、より冷静に、少しでも伝わるように

 

清水医師が説明する

レジリエンスという言葉があります。人はそもそも自分の中に≪苦難を乗り越える力≫を備えているといわれています」

 

 私は、≪痛み≫という苦難に襲われていた

 

「だから、私はレジリエンス外来というものをつくりました。苦難を乗り越える力を高めるためのものです」

 清水研医師のレジリエンス外来を私は受診し、作家はその全てに同席した

 

 私の≪痛み≫は、多量の医療麻薬で抑えられていた。

 麻薬の効果は高く、服薬後にしばらくすると、いつの間にか酷い痛みは霧散する。

━この消えた≪痛み≫は、いったい、どこへ行くのだろうか?

 私は、そんな不安を持っていた。

 この≪痛み≫は、いつか、まとまって帰ってくることはないのか?

 

「痛みは消えるだけです」

 清水医師は明言する。

 

 自分に罰を与えようとするな

 自分を罰するようなことを考えなくても良い

 自分を責める必要はない

 望んでがんになった者はいない

 がんになった者に罪は無い

 だから、がん患者は、贖罪する必要などはないのだ

 

 そう、清水医師は繰り返すのだ

 

 それでも、まだ、がんになった者は、自分を責めるから

 

 私は、清水研医師のレジリエンス外来でワークを行った。

 私は私の物語に出会えた。

 私は沢山の物語を持っていた。

 なんのことはなかった。

 がんになったことは、私のあまたある物語のひとつのエピソードにすぎなかった

 今は、消えた≪痛み≫の行方より、≪痛みのない時間≫の使い方を考えよう

 

 私が清水医師にそう告げた時だった

 いつもは気配を消して私の背後にいる作家から、息吹のようなものを感じた

 

 作家は取材を通じて≪作家の高み≫へと昇りはじめているようだった

 

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人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話