咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

エピソード27. 一凛

 稲垣は、清水研医師を通して沢山の患者のエピソードに触れていた 

 私にとって、がんがひとつのエピソードに過ぎないように 、

稲垣にとっては、私のエピソードも、多くのエピソードのひとつに過ぎなくなっていた

 

おだやかに死を迎えることができる《死生観》をもつに至る道のりを辿ることは

精神腫瘍科医清水研の、ほんの一部分を紹介することにしかならない

 

稲垣は、もはや、そう思うようになっていた 

 

稲垣は沢山の《物語》を知ってしまった

もはや、精神腫瘍学の存在を知らしめたいという想いは

私たちに託されたものではなく、稲垣自身のものとなって共有されていた

 

これは、望外の展開といえたし、稲垣への執筆依頼が正しかったことの証左ともいえた

 精神腫瘍学の存在を知らしめる その目的のためには、切り口は多いほうが良い 

 

しかし、私が主役ではなくなることにはなる

もともとは、私と清水医師の二人の対話という企画だったはずだ

応援団の中から困惑の声があがった

 

しかし、困惑はすぐに解消された

この作家の方針を一番に支持したのは、私の妻だった

「がんになることで、主人は変わりました」

「《人生やりなおしスイッチ》のようなものがあるのならば、

清水先生は、主人と一緒にそれを探してくださって  

主人がスイッチを押すのを見守ってくださった。

主人は今まで自分をヒーロー扱いすることで、苦難に立ち向かっていました

 けれど、病気になって、今までできたことさえ、できなくなった。

はじめは、そんな自分を許せずに苦しんでいました。

それが、自分を許すことができるようになった  

それは、《死生観》のおかげかもしれないけれど、

私には「がん専門の精神科、精神腫瘍科、清水研先生のおかげだと思います」 

 

作品はあらためて作家・稲垣麻由美に託されることとなった

私の応援団は、稲垣麻由美応援団になった   

 

↓10月19日発売

人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話