咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

アクション23. 脱皮

高校の同級生の応援が続く

 

花まる学習会代表・NPО法人子育て応援隊むぎぐみ理事長である

高濱正伸くんが、花まる学習会のコラムで本のことに触れてくれた

 

━主体的で燃え上がる情熱を持った人材に育てたい

という彼が

「幼少期の「型作り」も大事、思春期以降の「脱皮」も大事ということでしょう」
と語る、花まるコラム高濱コラム『規範と脱皮』

 

この中で「脱皮」の必要性の例として「人生でほんとうに大切なこと」を紹介してくれている

 

↓ 以下、引用 

ところで、最近おもしろいことに気づきました。

幼少期に「こうあるべき」という一つの型を身につけることが、すこぶる大事である一方、思春期以降にその与えられた衣を一度脱ぐことも必要なのではないかということです。それは二つの方向からの問題意識です。


 一つは、ガンで余命宣告を受けた人たちの本、稲垣 麻由美さんの『人生でほんとうに大切なこと』(KADOKAWA)を読んだときのことです。

宣告を受けて、平然としている人もいるけれど、心に混乱をきたす人もいる。

後者に共通しているのが、親に与えられたにせよ青年期に自分で構築したにせよ、

「自分はこうあるべき」という自己像に縛られてしまっていることです。

「泣いては恥ずかしい」

「強くあらねばならない」

「美しい自分でいなければ私は価値がない」…。

 すべては心の束縛であって、脱ぎ慣れた人ならばスイと外せるのですが、

 まさにそこにこそ人の悩みの芯のようなものがある。

 そして、その根っこには「人(特に親)の期待に応えよう」という

 強い自己拘束の履歴があるなと感じたのです。

 ちなみに、その本では、精神腫瘍科のお医者さんがその心にへばりついた鎧を、

 寄り添うように、語り合いによって一枚ずつ外していく過程が描かれています。

↑ 引用、以上

 

この後、彼が「与えられた心の衣を脱ぎ捨てるべきときがあると感じた」

もう一つの理由が述べられている

 

なるほど、私は脱皮できたのかもしれない

 

高濱くんに、そう教えてもらったような気がした

 

この本が出ると決まった時に、

私は著名人であり人望厚い彼に頼んだ

 

「本が出ましたら、ひとりでも多くの人に
「がん宣告を受けたら、精神腫瘍医に相談すること」
 を伝えるお手伝いをお願いできればと思います
 そうすれば、がん患者も家族も、心は救われます」

                            ≪原文≫

 

高濱正伸くんは、こういう形で応えてくれた

 

ひとりでも多くの人に、精神腫瘍医の存在を伝えるために

がん患者とその家族の心を救うために

 

「人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話」