咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

はざまのカミサマ外伝.田村12

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田村麻呂は蝦夷のタミに「平安」を提供しました。

とはいえ、蝦夷には農民はほとんどいません。

蝦夷のタミは狩猟や漁獲、他には豊かな森林の幸の収穫で暮らす人々がほとんどです。

大和朝廷の支配には「仏教」が伴います。そして「仏教」には「不殺戒」があります。

大和朝廷では、牛馬などを食べることを「不殺戒」からも禁じていました。けれども、鹿と猪は大和朝廷のもう一つの柱ともいえる「稲作」の害獣であることから、「不殺戒」からも免れていたようです。

大和朝廷にとっては「国家神道」にもつながる「稲作信仰」のほうが、「仏教」よりも尊いものであったのかも知れません。

大和朝廷は日本のことを「豊葦原の瑞穂の国(神意によって稲が豊かに実り、栄える国)と称しました。

そして、国家運営の基礎に稲作をおきました。

租税を米の現物で納める方法は、明治時代の地租改正に至るまで1,200年以上もこのクニの租税の基礎になりました。

しかし、このクニの東半分は、稲作に適さない地勢でもありました。

田村麻呂は、「稲」に替わるカミサマを、この地に探しに来たのでした。

そしてそのカミサマは、「稲作信仰」の狐神に守護されるカミサマのようなのです。