咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

はざまのカミサマ49

f:id:syukugami:20200519121217j:plain

 

平安を求めるために、四方を神々に護られた都を作る。

 

さらには、鬼門にあたる叡山の地に、鎮護国家の寺を新設する。

 

これまでの仏教の経文や呪文に加えて、密教真言を唱える。

 

これだけでは、「天下静謐」は得られないことを、

桓武帝は知っていました。

 

だからこそ、この仮想敵であった蝦夷を征伐して、天下布武を行なったのです。

 

桓武帝に、「天下静謐」の為には「天下布武」が必要であることを知らせたのは、誰だったのでしょうか?

 

仏教の「不殺戒」を信じるだけではなく、大宮人たちは「血の穢れ」を恐れるあまりに、

「矛を止めるための武」ということを、出来るだけ遠ざけようとしました。

 

ですから、桓武帝に「天下布武」の必要性を説いたのは、渡来系の秦氏東漢氏である坂上田村麻呂かもしれません。

 

あるいは、東北の地まで引きこもっていた「はざまのカミサマ」かも…。

 

いずれにせよ、「天下布武」のおかげで天下は静謐となります。

 

そして、人々は目の前の生活の中の、境争いや水争いを再開することになります。

 

そして、その争いの解決策を暴力に求めます。

 

自力救済のためには、自力の武力が必要なのです。

 

蝦夷征伐が成功したことで、統一された日本の東北地方から「武」という概念が、まずは東日本へ、やがては日本全体に広がります。

 

祈るだけでは守れない。

守るためには武力を持たねばならない。

 

天下布武からの天下静謐は、

この島国の民にそのことを思い出させました。

 

そして「はざまのカミサマ」の存在も。

「はざまのカミサマ」は、神々や仏様と同じく、人々の「武力」になることを、思い出させました。