咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

はざまのカミサマ外伝.西行2

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「願わくば 花の下にて 春死なん

            その如月の 望月のころ」

 

そう歌った西行は、その頃、鎌倉を目指して旅をしていました。

 

征夷大将軍源頼朝の招きに応える旅です。

 

桓武帝の「天下静謐」は、征夷大将軍坂上田村麻呂蝦夷征伐を成して「天下布武」がなったことから始まりました。

 

しかし、「天下静謐」は、治安維持部隊でもあった朝廷軍団の解散とともに崩れ始めます。

 

人々は個々に武装することで、自力救済を求めます。

 

個々の武力は、敵の武力を凌駕することで、自衛する為に、結束してゆきます。

 

敵とは、自分の安全を脅やかす全ての存在です。

そして、味方とは、敵と敵対する全ての存在。

 

日本の軍事力は、西日本を勢力基盤とする平氏と、東日本を勢力基盤とする源氏に二分されます。

 

しかし、西日本を勢力の基盤とした平氏は、平清盛の時に最盛期を迎えました。

天皇の外祖父という藤原氏と同形態の権利機構の下、

平氏の勢力は、ほぼ、日本全体に及びました。

 

源頼朝は、平清盛が用いた藤原氏が完成させたか「天皇の外祖父」という権力機構とは異なる新たな権力機構を構築します。

 

それまでは一体であった「権威」と「権力」を分断させることを、征夷大将軍の占領下での軍事政権、つまり「幕府」を開くという形式をとることで、既得権利を持っていた朝廷を無力化します。

 

源頼朝は、清和天皇を祖とする清和源氏の「氏の長者」として、鎌倉政権の正統性を主張します。

全国のほとんどの武士は、鎌倉政権を支持します。

武士にとっての朝廷は、自分たちから「搾取する」だけの存在だったからです。

 

武士たちにとって、源頼朝は希望の星でした。

 

その源頼朝が憧れの人こそ、かつての北面の武士佐藤義清つまり、西行法師だったのです。