咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

はざまのカミサマ外伝.西行4

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西行と出会う源頼朝とは、どんな男だったのか。

 

琵琶法師が吟じる「平家物語」の中で、頼朝は

「容貌優美にして言語文明なり」と描かれています。

 

また、「威勢厳粛、成敗文明、理非断決」という評価もあります。

 

そもそも源頼朝は「坂東武士の盟主」として担がれていました。頼朝の祖父たちが関東から東北地方在住の武士たちと強い結びつきを持っていたからです。

前九年の役」「後三年の役」といわれる関東以北での騒乱の鎮圧戦を源氏の棟梁を、総司令と仰いで戦った関東以北の武士たちにとって、源氏とは朝廷よりも頼りになる存在だったのです。

 

もしかしたら、当初、源頼朝は、かつて「坂東独立」を夢みた、平将門の再来のように思われていたのかも知れません。

 

しかし、この国の歴史は、頼朝に「坂東独立」ではなく、「天下布武」を求めます。

 

桓武帝以来、四百年ぶりに「天下布武」を成した男、 源頼朝は、清和天皇を祖とする清和源氏嫡流という意味では、この国の王となる為の最大にして唯一の条件である「天照大神の血統をひく」といえなくもありません。

 

しかし、源頼朝は「王者」ではなく、「天下布武」を成した「覇者」として、「天下静謐」を目指します。

 

「不殺戒」という理由で「血の穢れ」を嫌った公家とは違い、武士である源頼朝は、手を血で汚すことを厭いませんでした。

(その替わりに呪詛で呪い殺すことに公家は熱心でしたが)

 

武士は命のやりとりをするからこそ、命の大切さを知っている。

武士たちは、自分たちをそう評価していました。

 

武士たちのもとで、仏教もさまざま宗派に分かれて広がっていきます。

 

その中には、「考える」のではなく「感じる」ことを尊ぶ宗派も出てきます。

 

畿内で広がって宗教と、坂東や東北で広がる宗教では、わずかに異なる様子も見られるようになります。か

 

頼朝は、朝廷から軍事権と警察権を委譲されます。

頼朝は、全国に守護と地頭を配する権利を持つことで、

この国の覇王となりました。

 

その頼朝の和歌が、新古今和歌集に載っています。