咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

遠くの赤い風船.1

 その街の高い通信塔には、赤い風船がひとつうかんでいました。

 今から三年前の夏に、街に初めてサーカスがやってきた時に、その風船は揚げられました。

 それからはサーカスもやってきませんし、

 他にこれといって嬉しいこともないまま、赤い風船は街の人々に忘れられていました。

 

 赤い風船は、街の東側にある海からの風に揺れながら、街を眺めていました。

 三年前のパレードや、街の人々の姿を、赤い風船は覚えていました。

 ブランコ乗りの少年や、猛獣使いのおじさん、そして太った団長さんの顔も覚えていました。

 赤い風船が覚えている顔は、みんな笑顔なのです。

 赤い風船は、自分を見上げて笑うみんなの顔を覚えていたのでした。

 

 けれども、赤い風船は、サーカスのみんなから忘れられていました。

 赤い風船は、サーカスから置いてきぼりにされていました。

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「神さまになったくも」著:千賀泰幸、画:金井雄資、1979年12月24日版