その街の高い通信塔には、赤い風船がひとつうかんでいました。
今から三年前の夏に、街に初めてサーカスがやってきた時に、その風船は揚げられました。
それからはサーカスもやってきませんし、
他にこれといって嬉しいこともないまま、赤い風船は街の人々に忘れられていました。
赤い風船は、街の東側にある海からの風に揺れながら、街を眺めていました。
三年前のパレードや、街の人々の姿を、赤い風船は覚えていました。
ブランコ乗りの少年や、猛獣使いのおじさん、そして太った団長さんの顔も覚えていました。
赤い風船が覚えている顔は、みんな笑顔なのです。
赤い風船は、自分を見上げて笑うみんなの顔を覚えていたのでした。
けれども、赤い風船は、サーカスのみんなから忘れられていました。
赤い風船は、サーカスから置いてきぼりにされていました。