咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

はざまのカミサマ外伝.西行13

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歴史上の「特異点」に現れる「はざまのカミサマ」の使徒

その「はざまのカミサマ」とは、この国土のあらゆるものに宿る精霊、「もののけ」の王。

 

「何事の おはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる」

 

もののけ」の存在を、西行はこう歌っています。

 三十一文字で表せば、文字を読めない民衆にも伝えることができます。

 

 もちろん、人々は、自分を取り巻くあらゆるモノに、精霊つまりもののけが宿っていることを知っていますし、「はざまのカミサマ」の存在にも気づいています。

 西行は、伝える術を持たない人々に替わって、「はざまのカミサマ」の存在を人々に確かめてやっていたのでしょう。

 人は目に見えないものを信じる時に、他の人も同じことを信じていると知ると、とても安心しますから。

 

そして、佐藤義清こと西行法師は二人の「天下人」と出会います。

同年の生れで、北面の武士として同僚であった「六波羅殿」こと平清盛

奥羽への旅の途中で出会う30歳年下の「鎌倉殿」こと源頼朝

 

天下の武士には、仰ぎ見る三家の棟梁がいました。

平氏と源氏と藤原氏(俵藤太藤原)です。

西行と清盛、西行と頼朝の出会いは、武家の棟梁同士の邂逅でもありました。

 

平清盛は「諸行無常」を、

源頼朝は「判官贔屓」を、

日本人の美意識の中に加えました。

琵琶法師が、「平家物語」として、それらの新しい美意識を人々に伝えていきました。

 

「惜しむとて 惜まれぬべき この世かな 身を捨ててこそ 身をも助けぬ」

と歌い出家した西行ですが、その出家の理由は謎のままでした。

 

「願わくば 花の下にて 春死なん そのきさらぎの もちづきの頃」

と、歌った通りに、如月(二月)に亡くなります。

 

まるで、佐藤義清こと西行法師は、

日本人の中に新しい美意識を加えるためだけに、この世に現れたのようにさえ思われます。

 

本当のことは、誰も知りません。