咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

はざまのカミサマ外伝.西行18

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西行は日本人の美意識の中に「漂泊者」として刻まれます。

 

日は断崖の上に登り 憂ひは陸橋の下を低く歩めり。

無限に遠き空の彼方 続ける鉄路の柵の背後に 一つの寂しき影は漂う。

ああ汝 漂泊者。

過去より来たりて未来を過ぎ 久遠の郷愁を追日ゆくもの。

いかなれば蹌爾として 時計の如くに憂日歩むぞ。

石もて蛇を殺すごとく 一つの輪廻を断絶るして 意志なき寂寥を踏みきれかし。

ああ 悪魔よりも孤独にして 汝は表霜の冬に耐えたるかな!

かつて何物をも信ずることなく 汝の信ずるところに憤怒を知れり。

かつて欲情の否定を知らず 汝の欲情するものを弾劾せり。

以下ならばまた愁ひ疲れて やさしく抱かれ接吻する者の家に帰らん。

かつて何物をも汝は愛せず 何物もまたかつて汝を愛せざるべし。

ああ汝 寂寥の人

悲しき落日の坂を登りて 意志なき断崖を漂泊者ひ行けど

いづこに家郷はあらざるべし 汝の家郷は有らざるべし!

          萩原朔太郎 漂泊者の歌

 

さて、西行のように、日本人の美意識に影響を与えた者が、

いえ、「はざまのカミサマの世」を感応することができる者が、

「はざまのカミサマの使徒」として、このクニの歴史に関わるのであれば、

使徒とは、もちろん男に限った者ではありません。

同時期に、二人の「はざまのカミサマ」の使徒が現れたことがありました。