咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

胡蝶 7

「不思議な話だな。このままでは、らちが明かぬ。イノチよ、もう一度、紅梅の処へ行ってみよ」

 白狐がイノチに言いました。

「ならば、是非もなし。ちと、力を貸せ」

 赤狐の言葉に青狐と白狐がうなずきます。

 三色の狐はイノチの周りを舞いながら一周します。  

 狐達が妖力を重ねます。

 やがて狐達が舞い終わるころには、イノチの姿は、漆黒の翅を広げた揚羽蝶になっていました。

「白い雪には黒い翅。これならば、見分けがつくだろう」

 しかし、その漆黒の揚羽蝶が再び飛び込んだ小窓を見て、狐達はそろって息をのみました。

 小窓の向こうには夜が来ていました。

 黒い夜を飛ぶ黒い揚羽蝶、また、見失うことになりはしないか。

 いや、それよりもこの闇夜の中では揚羽蝶は、紅梅と出会うことができないのではないか。

 しかし、揚羽蝶は闇夜の中を真っ直ぐに飛びます。

 まるで揚羽蝶には、紅梅の居場所がわかっているかのようでした。

 その飛び方を見ていた赤狐が笑いだしました。

「なるほど、闇はあやなし梅の花、か」

「はは。色こそ見えね 香やはかくるる、というわけか」

 白狐があとをつなぎます。

「春の夜の闇はあやなし梅の花 色こそ見えね 香やはかくるる」

 古歌にもありますが、梅の花はかぐわしい香りを放ちます。

 揚羽蝶は、白黒の世界の中でただ一輪だけ咲く紅梅に向かって飛びました。

 紅梅の香りに導かれて揚羽蝶は一直線に飛びました。

 こうして、揚羽蝶は紅梅に近づくと、その周囲ではたはたと舞い回ります。

 ところが、紅梅は揚羽蝶に気づきません。

 紅梅はその花びらを、夜の闇に結んでしまっていたのです。

 甘い梅の香りの中。

 甘い闇の香りの中。

 揚羽蝶の姿は紅梅には見えません。

 やがて黒い揚羽蝶の姿は紅梅を包む暗闇に溶けてしまいました。