「不思議な話だな。このままでは、らちが明かぬ。イノチよ、もう一度、紅梅の処へ行ってみよ」
白狐がイノチに言いました。
「ならば、是非もなし。ちと、力を貸せ」
赤狐の言葉に青狐と白狐がうなずきます。
三色の狐はイノチの周りを舞いながら一周します。
狐達が妖力を重ねます。
やがて狐達が舞い終わるころには、イノチの姿は、漆黒の翅を広げた揚羽蝶になっていました。
「白い雪には黒い翅。これならば、見分けがつくだろう」
しかし、その漆黒の揚羽蝶が再び飛び込んだ小窓を見て、狐達はそろって息をのみました。
小窓の向こうには夜が来ていました。
黒い夜を飛ぶ黒い揚羽蝶、また、見失うことになりはしないか。
いや、それよりもこの闇夜の中では揚羽蝶は、紅梅と出会うことができないのではないか。
しかし、揚羽蝶は闇夜の中を真っ直ぐに飛びます。
まるで揚羽蝶には、紅梅の居場所がわかっているかのようでした。
その飛び方を見ていた赤狐が笑いだしました。
「なるほど、闇はあやなし梅の花、か」
「はは。色こそ見えね 香やはかくるる、というわけか」
白狐があとをつなぎます。
「春の夜の闇はあやなし梅の花 色こそ見えね 香やはかくるる」
古歌にもありますが、梅の花はかぐわしい香りを放ちます。
揚羽蝶は、白黒の世界の中でただ一輪だけ咲く紅梅に向かって飛びました。
紅梅の香りに導かれて揚羽蝶は一直線に飛びました。
こうして、揚羽蝶は紅梅に近づくと、その周囲ではたはたと舞い回ります。
ところが、紅梅は揚羽蝶に気づきません。
紅梅はその花びらを、夜の闇に結んでしまっていたのです。
甘い梅の香りの中。
甘い闇の香りの中。
揚羽蝶の姿は紅梅には見えません。
やがて黒い揚羽蝶の姿は紅梅を包む暗闇に溶けてしまいました。