咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

はざまのカミサマ外伝。田村16

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渡来人の家系である坂上田村麻呂からみれば、 

神道天津神国津神は、大王の家系が、「万世一系」という「理由」で、この国の統治者であることを説明するための「物語」の登場人物でした。

東大寺の大仏をはじめとする仏たちも、加持祈祷という当時の科学兵器のようなものなのです。

田村麻呂が知る神仏とは、人が理由するためのものでした。

もちろん、時には荒神も現れます。

しかし、どんな荒神も御霊の神様になってくださる。

神仏とは、そんなもののはずでした。

しかし、ここのカミサマは違いました。

カミサマは、人に使われるどころか、カミサマの思い通りに人を動かすようでした。

「カミサマのいうとおり」

田村麻呂は、ふと蝦夷の子どもたちの口遊を真似て、寒気を覚えました。