咲きも残らず散りもはじめず

タイトルは満開に咲く花を歌った古歌より

リロード15. 知足

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「覚えてないとは思うけど」

 高校を卒業して以来、ご無沙汰していた彼は、再会するなり、そう切り出した。

「高校の教室で初めて声をかけてくれたのが、千賀くんだったんだ」

 彼は下宿での独り暮らしをはじめたばかりの15歳の少年だった

「声をかけられて、嬉しかったことを俺は覚えているんだ」

 私は志望した高校に合格して浮かれていた15歳の少年だった

 その時から、45年の歳月が流れていた

「だから、本のことを知った時に、『読みたい』と、思った。すぐ、読んだよ」

 

彼の言葉を聞いた私の胸の中を、何か暖かいものが流れていった

人は、自分が思いもよらないところで、誰かの≪特別な存在≫になっているものなのだ

そう、思った。

 

「他人にやさしくできる人間になりたい」

 そう願って生きてきた

 太陽のような人間になりたかった

 人に光を与えたり、人を暖めることができるような人間になりたかった

 太陽になれないのならば、

 月のように、夜道を歩む人を照らすような人間になりたいと願った

 月にもなれないのならば、

 北極星のように、夜の海をゆく人の道標のような人間になりたいと願った

  私は≪何者≫かになりたかった

 

 しかし、そんな私は、≪何者≫にもなれないままに、不治の病人になってしまった

 

 そんな私が、彼に再会することで

 誰かの≪特別な存在≫になった時があったことを知った

 心やさしい彼は、そのことを私に伝えてくれた

 そして、そのことで彼もまた、私の≪特別な存在≫になった

 

 充分だと思った

 私は≪何者≫にもなる必要はなかった

 彼の言葉で、私は幸せになれたのだ

 

 もしかしたら

 幸せになることは、とても簡単なことなのかもしれない

 だって私は

 心やさしい友人との、再会で、

 私はとても幸せになったのだから

 

 吾、唯、足ルヲ、知ル

 やさしい友と再会した旅の最後に詣でたお寺でも、そう教えてくれていた 

 

この話は、さらに続く

旅行に行かなかった同級生からのメッセージが届いた

「人生でほんとうに大切なこと」のおかげで、

私は彼にとって≪特別な存在≫になっていたとのことだった

  

私はもう充分に幸せだ

残りの時は、誰かの幸せのためにこそ、使いたい

 

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