咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

春のカミサマ.1

 桜の古木(こぼく)の麓(ふもと)には、

 虫の村がありました。

 

 秋の最後の満月の日は、

 秋と冬とのはざまの日。

 

 昼と夜とのはざまのたそがれ時。

 音楽祭が始まります。

 

 歌自慢はもちろんのこと、

 歌が苦手な虫は裏方と、

 村のみんなが出演します。

 

 それゆえ、観客といえば、

 クモとケムシとミノムシだけ。

 

「今度の祭りはずいぶん早いな」

 クモが首をかしげます。

 みんなには初めての音楽祭も、

 年寄りクモには二度目です。

 

 祭の日取りを決めるのは、

 村長のトノサマバッタ

 何故なら村の長(おさ)だけが、

「秋が終わる日」がわかるから。

 

 バッタの指揮に合わせては、

 マツムシ、

 スズムシ、

 クツワムシ、

 コオロギ、

 ウマオイ、

 キリギリス。

 みんながみんな歌います。

 一所懸命に歌います。

 

 満月が中天(ちゅうてん)に至る頃、

 音楽祭は最高潮。

 祭の最後の演目は、

 村全員の合唱です。

 冬を越せない虫たちの、

 これが「別れの歌」なのです。