咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧

カミサマになったクモ・1

その梅の木の麓にあるちいさな野原に、虫たちの村がありました。 その村には、クモの仕立屋がいました。 クモの仕立屋は八本の手足を使い上等の糸で仕事をするので、繁盛していました。 この村は、ちいさな村でした。村に今、秋が来ていました。 静かな秋が…

カミサマになったクモ・2

翌日も、昨日と同じ高い秋空の日でした。 昼下りの秋の柔らかい日差しが木の葉にあたるのを、クモとケムシがぼんやりと眺めていると、ミノムシがやって来ました。 ミノムシは冬を越す為のミノをクモに繕ってもらうのです。 みんなは秋の日差しの入って来る部…

カミサマになったクモ・3

クモは音楽祭の間中、指揮者のバッタの姿ばかりを見ていました。 バッタは郵便の配達の時ばかりでなく、ちょくちょくクモの家に顔を出してくれました。バッタはクモの息子と仲が良かったので、クモの息子がこの村を出た後、郵便の配達のついでに、クモの様子…

春のカミサマ・4

その翌日も素晴らしくいいお天気でした。 真赤に染まった木の葉に柔らかな秋の陽がさしていました。 「おはようございます」 ミノムシが、にこにこにこにこやって来ました。 クモもケムシも、昨晩の帰りが遅かったので、久しぶりに朝寝坊をしてしまっていま…

カミサマになったクモ・5

クモは、小さな野原の隅にあるバッタの家へ行きました。 バッタは、もうびっくりしてしまいます。 「冬を越せるのですか。ぼくが。ぼくが」 「とにかく私がミノを作るよ。なあに、すぐにできる。できるさ」 クモは、にこにこいった後、少し厳しい顔を作りま…

カミサマになったクモ・6

翌朝、 虫たちの、がやがやがやがやで、クモとケムシは目を覚ましました。 まだお日様が登りきっていないような早い朝です。 戸を開けてみると、家の前にはコオロギやスズムシたちみんなが来ていました。 「どうしたのですか。いったい」 クモが顔を出したの…

カミサマになったクモ・7

その時です。 黙ってみんなを見つめていた、村長のトノサマバッタが大声をだします。 「待ってくれ、私の話を聞いてくれ」 みんなは一斉に村長を見ました。 「私の話を聞いてほしい。私たちは音楽祭も終わって、本当ならばこのままお別れする運命なのだよ」 …

カミサマになったクモ・8

みんなの後姿を見送りながら、クモは呟きます。 「大変なことになった。どうしよう」 みんなの夢を叶えるような力が自分にあるのか。 みんなの運命を変えるような、そんな大それたことが、自分にできるのか。 「私は、ただ、バッタくんともう少しだけ一緒に…

カミサマになったクモ・9

それからクモは大急ぎでミノムシのところに行きます。 冬眠に入る前に、ミノムシに、ミノムシの糸をもらうためです。 固い木の葉をつなぎ合わせてミノを作るには、クモの糸よりも強力なミノムシの糸が必要なのです。 バッタとイナゴのミノだけならば、クモが…

カミサマになったクモ・10

それからのクモは、朝は早くから夜も遅くまで、ひたすらミノを作りました。 「こうなったら、やるしかない」 クモは、口を開けば、そう繰り返します。 十着目までは、すぐにできました。二十着を過ぎて二十八着目になると、それまで赤や黄色のきれいな木の葉…

カミサマになったクモ・11

眉を上げるケムシにトノサマバッタが、うなずきます。 「もちろん、村のみんなが、自分のミノが間に合う者と、間に合わない者にわかれてしまうのを避けたかったのはほんとうです。私はとにかく、争いを避けたかった。みんなが争わないように、みんなをひとつ…

カミサマになったクモ・12

村長は笑います。 「みんなは、『運命』という言葉を受け容れたのだとおもいます。春を見たいかどうか。その思いはそれぞれです。たとえば、キリギリスさんは、『春を見た時に、私がどんな歌をうたうかが楽しみよ』といっていました。キリギリスさんには、音…

カミサマになったクモ・14

いよいよ最後のミノを作りだしたクモの背中を見ていたケムシは、これで最後だとなんとなく安心して、疲れた頭を振って外に出てびっくりしました。 いつもの年よりも早い初雪が、村に積っていました。 悪い夢でも見ているような気になったケムシは、大急ぎで…

カミサマになったクモ・13

クモの仕事は続きます。 今、クモだけが、みんなの運命を変えることができるのです。 クモはもう夜もほとんど眠らずに、仕事ばかりしておりました。 いよいよ四十着を過ぎると枯れ葉は固くなってしまっていて、クモの仕事ははかどらなくなりました。 固いケ…

カミサマになったクモ・15

ケムシは、クモを葬りました。 「クモさん。ぼくは、まだまだ、ケムシのままだよ」 ケムシはそれから、バッタを、トノサマバッタを、みんなを葬りました。 ケムシは虫たちの亡き骸を、小石や木の葉のない剝き出しの地面に横たえます。 それが、虫たちのお弔…

カミサマになったクモ・16

冬眠に入ってからのミノムシは、木の枝にぶら下がって、うとうとと、半分は眠りながら半分は覚めながら、みんなのことを見守っていました。 ミノムシは、眠りの中で夢をみます。ミノムシは、ケムシと話した時の夢をみていました。 あれは、音楽祭の翌日、ク…

カミサマになったクモ・17

「大変なことになったね」 「村の虫たちみんなに、春をみせるなんて、間違いなく、カミサマの罰があたりますよ」 こんどの夢は、クモの家です。 村長との約束で、村のみんなのミノを作ることになったクモが、木の葉の調達に外に出ている間に、ミノムシが糸を…

カミサマになったクモ・18

ところが、そんなミノムシの前に、クモがするするすると現れたのです。 木の枝からぶら下がるミノムシの前に、糸にぶら下がったクモが現れたのでした。 「あれえ、クモさんがいる。え。じゃあ、あれは、やっぱり、夢だったのか」 混乱するミノムシに、クモが…

カミサマになったクモ・19

「クモさん。聞いて。聞いてください」 ミノムシは、必死です。 「カミサマは、私たちの幸せを祈ってくれるはずでしょ。だから、罰など与えるはずはない。カミサマは、誰にも罰を下したりしませんよ。そうです。そうに、決まってます」 「ならば、何故、間に…

カミサマになったクモ・20

ミノムシは、また、目が覚めました。 「広場のみんなの亡き骸。現れたクモさん。どちらが夢だったのか。どちらも夢だったのか」 ふと、ミノムシの背中が冷たくなります。 「いやいやいやいや、もしかしたら、おれのほうが死んでしまったのではないか」 すっ…

カミサマになったクモ・21

その冬はとても長く厳しいものでした。 それでも春はやって来ました。 まずは、甘い香り。 それは、雪の中に咲く紅梅。 ケムシは、冬を割って咲く赤い花を見て、春が来たことを知ります。 ケムシは、ひとりで春を見ました。 ほんとうならば、一緒にいるはず…

カミサマになったクモ・22

やがて賑やかな夏がやってきました。 その頃、バッタたちの子どもたちが生まれました。 向日葵がまっすぐにお日様を見つめる頃でした。 子どもたちは遊んでいる広場で、針毛の塊と枯葉の塊を見つけます。 子どもたちが遊んでいると、いつの間にか、針毛の塊…

カミサマになったクモ・23

「これはね。みんなが春を見る為のものだ」 ミノ蛾はいいます。 「春ってなんですか」 トノサマバッタがたずねます。 「春はねえ、とても素敵なものだよ」 みんな、わかったような、わからないような。 「そして、これはね」 ミノ蛾は、言葉を探します。 「…

カミサマになったクモ・24

季節はめぐり、また木枯しの季節がやって来ました。 虫たちの声も、あまり聞かなくなりました。 秋はどんどん深くなりますが、ケムシに音楽祭の日取りを知らせにくるものは誰もいませんでした。 ケムシには便りをくれる相手もいないので、郵便屋のバッタも配…

カミサマになったクモ・25

世代交代が終わったそんな虫たちの村の夏も暑さの峠を越して、向日葵の花たちがうつむき始める頃に、村のみんなはケムシが病気になったことを知りました。 村のみんなは、ケムシが「普通のケムシ」ではないことを知っています。 普通のケムシは、冬が過ぎた…

カミサマになったクモ・26

ほんとうならば、ミノ蛾になった時には、ミノムシの頃の記憶は失われます。 けれど、あのミノ蛾はミノムシの時代のことを覚えていました。 正確にいうと、ミノ蛾がミノを見た時に、記憶が蘇えったわけですから、ミノムシ時代の記憶は失われたわけではなくて…

カミサマになったクモ・27

「ありがとうございます。今日はずいぶん気分が良いです」 「それは、嬉しいことです。みんなに伝えます。みんな、心配してますからね」 「ああ、ちょっと窓を開けてくれませんか」 ミノムシは振り返って、壁の小石の隙間の木の葉を外します。 小石の隙間か…

カミサマになったクモ・28

秋も深まった晴れた昼下がりでした。 ケムシは家の戸を叩く音に戸を開けました。 「クモさん」 開いた戸の向こうを見たケムシは、そういって立ちすくんでしまいます。 そこには、あの懐かしいクモが立っていたのでした。 「クモさん」 ケムシは戸を大きく開…

カミサマになったクモ・29

クモはしばらく黙って立っていましたが、手を胸の前で組んで話します。 「こんなことを話して、信じていただけますでしょうか」 笑顔のケムシに、クモは、まっすぐに続けます。 「あの、私は、父にいわれてここにきたのです」 「クモさんに」 「はい。私のと…

カミサマになったクモ・30

クモは、朝の光の中で、父親の影を見たのといいます。 その影は「ミノを作ったのは、お前を喜ばせるためだった」というとかき消えたのでした。 「初めは、何のことか、わからなかったのです。その後、冬が来て、春になってケムシさんからの手紙で、父の死を…