咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・18

 ところが、そんなミノムシの前に、クモがするするすると現れたのです。

 木の枝からぶら下がるミノムシの前に、糸にぶら下がったクモが現れたのでした。

「あれえ、クモさんがいる。え。じゃあ、あれは、やっぱり、夢だったのか」

 混乱するミノムシに、クモがいいます。

「ミノムシくんのおかげで、みんなのミノを作ることができたよ」

「ああ。そう。では、間に合ったのですね」

 ミノムシは、さっき見た足元の光景こそが夢だったのだと思います。

「実は、嫌な夢を見たんです。ミノが間に合わない夢を。クモさんが、その、死んじゃう夢を」

 ミノムシが、てへへへ笑います。

「あれが夢で良かった。これでバッタくんたちは、春を見ることができる。みんなの夢を叶えることができたのですね」

 クモがミノムシをさえぎります。

「バッタくんが、春を見ることはない。それは、カミサマが決めたことなのだろう。だからこそ、バッタくんたちは、春を見ることなど、夢にも思わなかったのかもしれない」

 ミノムシはクモのいう事がわかりません。

 いや、いっている意味はわかるのですが、何故、そんなことをいいだしたのかが、わからないのです。

「でも、もう、夢にみてしまったのです。春を見るという夢を」

 ミノムシが続けます。

「クモさんは、そんなみんなの夢を叶えたのです。すごいです」

「みんなの夢、なのかなあ。そもそも、みんなは夢にも思ったことがなかったのだよね。春を見るなんて」

 そして、クモは続けます。

「私はただ、バッタくんともう少しだけ一緒にいて欲しいと思っただけなので」

 クモは、うしろめたそうです。

「実は、昔、私は、バッタくんを食べようとしたことがあったのだ」

「え」

「バッタくんが子どもの頃、私の巣に引っかかったことがあった」

 クモは、蜂や蝿など、空の虫を食べることが多いのです。

 そのためにクモは糸で編んだ巣で空の虫たちを捕まえます。

「するするとバッタくんに近づいた私に、息子が『バッタくんは友だちなの。だから、お願い。食べないで』と泣いて頼むので、私はしかたなくバッタくんを放してやったことがあったのさ」

 クモが苦く笑います。

「それなら、クモさんは、これで、二回もバッタくんの命を救ったことになりますね」

「そうかな」

「そうでしょう」

「いや、可愛い息子が泣いて頼むものだからね。だから、バッタくんを救ったのは、私ではなく、息子だと思うのだが」

「そうですかね」

「だからミノのことも、バッタくんに息子を重ねて、『この子と一緒にいたい』と」

「いや、はじまりはそうだったのかもしれない。そんなものでしょ。何事もきっと」

「そうかな」

「そうですよ」

「でもね。バッタくんともう少しだけ一緒にいたい、という、いわば私の我が儘だよ」

 ミノムシは力をこめます。

「クモさんの我が儘だろうがなんだろうが、そのおかげで、結果として、みんな幸せになったのですからね。きっとそうですよ」

 ミノムシはさらに力みます。

「とにかく、クモさんは、やり遂げたのですから。すごいです。すごいことです。バッタくんたちの夢を叶えたのですから、おれも誇らしいです」

「いや、夢は叶わなかった」

「え。だって、ミノを作り上げたって」

「ミノはできたのだ。みんなの分のミノは作り上げたのだけれど、間に合わなかった」

「もしかしたら、ミノができあがるよりも先に」

「雪が降った」

 クモもミノムシも一緒に黙り合います。

「クモさん」

「私のミノは間に合わなかった。私は、間に合わなかったのだ」

 クモが、ため息を落とします。

「消えていってしまうものを、必要以上に儚んではいけない。運命だと思って諦める」

「なんですか」

「いや、前にケムシくんに教えたことがあるのさ。実は彼には教えなかったけれど、ケムシくんがケムシでいる時間は、バッタくんたちよりも遥かに短い」

 クモが、もう一度、ため息。

「だから、ほんとうは、ケムシくんが消えてしまうことを、ケムシくんを失うことを、必要以上に儚まないようにと、自分への戒めだったのさ」

「運命だと思って、諦めるしかない。と」

「ケムシくんは、今、どうしているだろう。みんなの死を、必要以上に儚んではいないだろうか。儚むことと、愛おしむことは、似ているけど。違うことを、ケムシくんに、伝えたかった」

 ミノムシが眉を上げます。

「どうして、そんなふうにいうんですか」

「バッタくんたち、村のみんなが死んでしまったのだ」

 ミノムシの胸が暗くなります。

「それじゃあ、やっぱり、あれは夢ではなかったのか」

 クモが呟きます。

「私はみんなに夢をみせるだけで、夢を叶えることはできなかった。私は、叶わない夢をみんなにみせてしまった」

「クモさん」

「いっそのこと、ミノのことなど、思いつかなければよかったのかもしれない」

「いや、それはない。それはないですよ」

「ミノのことなど思いつかなければ、みんなをぬか喜びさせることはなかった」

「そんなことをいい始めたら、ぼくが、クモさんにミノの繕いをお願いしなかったら、クモさんはバッタくんのために、ミノを作ることを思いつかなかったことになります。つまりは、ぼくにも責任があることになる。それに、ぼくは、糸まで提供している。ケムシくんにだって、責任があることになる」

「しかし、実際にミノを作ったのは私だ。だから、私に、カミサマの罰が下ったのだろうか」

「カミサマの罰ですって」

「ああ、虫たちに春を見せるなどということは、カミサマの理に背くことではないか」

「誰か、そんなことを、クモさんに向かっていったのですか」

「いや、誰もいわない。私が、そう思った。私は、カミサマの理を曲げようとした」

「クモさん」

「だから、私に、罰が下った」