クモは、朝の光の中で、父親の影を見たのといいます。
その影は「ミノを作ったのは、お前を喜ばせるためだった」というとかき消えたのでした。
「初めは、何のことか、わからなかったのです。その後、冬が来て、春になってケムシさんからの手紙で、父の死を知った時に気づいたのです。それが、ケムシさんが知らせてくださった、父が亡くなった日は、私の所に父が現れた日でした。それでわかったのです。あれは、きっと、父が死んだことを告げに来たのだと」
クモの手が震えます。
「父が、自分の死を伝えるために、私のところに、来たのだと知った時、私は、ひどく悔やみました。何故、この村に帰ると父にいわなかったのか。父の傍にいたい。故郷に帰りたいと、何故、そう、いわなかったのか。私は、あの日の私を責めました」
クモの眼に涙が浮かびます。
「だって、急に死んでしまうなんて、思いもしなかった。父はいつまでもいてくれると、勝手に思っていましたから」
クモは、こぶしを握りしめます。
「父さんは、父は、バッタくんが、私の友だちだからこそ、長く生きていていて欲しかったのです。もちろん、父は、バッタくんのことを大切に思っていましたが、それは、バッタくんが私の友だちだったからです」
「つまり、クモさんは、村のみんなを救おうとか、みんなの夢を叶えようとしたのではなく、息子を喜ばせようとした。という事なのですね」
「そうです。父がミノを作ろうとしたきっかけは、あくまでも私のためだったのです」
クモの笑顔が咲きます。
「息子を喜ばせようとしてやったことが、みんなの夢を叶えることになった。その夢が破れたはずが、その子どもたちに夢を与えた。それだけで、父の死は無駄ではなかった。父の死が無駄ではなかったということは、父の一生には意味があったということだと思います」
クモの笑顔が広がります。
「その結果、村ではカミサマ扱いまでされるようになった。カミサマ扱いはどうかと思いますが、私は、父に大切に思われました」
「クモさんは、あなたに、そういったの」
「あれは、夢ではないと思います」
クモは小さくうなずきます。
「もう、日が登っていましたし、私は目覚めていたはずです」
「クモさんの、あなたの所に、お父さんが現れた」
「はい。あれは、間違いなく父でした」
クモは、何度もうなずきます。
「ケムシさんからのお手紙だけでは、私はきっと、父の死を受け容れることはできなかったと思います。だからこそ、私は、これまで村に帰って来れなかったのです」
クモが顔を上げます。
「この村に帰ってしまったら、ほんとうに父が死んでしまうような。そんな気がして、それがこわくて、私は」
「でも、やって来た。それには、お父さんが関係あるのですね」
クモがうなずきます。