咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・30

 クモは、朝の光の中で、父親の影を見たのといいます。

 その影は「ミノを作ったのは、お前を喜ばせるためだった」というとかき消えたのでした。

「初めは、何のことか、わからなかったのです。その後、冬が来て、春になってケムシさんからの手紙で、父の死を知った時に気づいたのです。それが、ケムシさんが知らせてくださった、父が亡くなった日は、私の所に父が現れた日でした。それでわかったのです。あれは、きっと、父が死んだことを告げに来たのだと」

 クモの手が震えます。

「父が、自分の死を伝えるために、私のところに、来たのだと知った時、私は、ひどく悔やみました。何故、この村に帰ると父にいわなかったのか。父の傍にいたい。故郷に帰りたいと、何故、そう、いわなかったのか。私は、あの日の私を責めました」

 クモの眼に涙が浮かびます。

「だって、急に死んでしまうなんて、思いもしなかった。父はいつまでもいてくれると、勝手に思っていましたから」

 クモは、こぶしを握りしめます。

「父さんは、父は、バッタくんが、私の友だちだからこそ、長く生きていていて欲しかったのです。もちろん、父は、バッタくんのことを大切に思っていましたが、それは、バッタくんが私の友だちだったからです」

「つまり、クモさんは、村のみんなを救おうとか、みんなの夢を叶えようとしたのではなく、息子を喜ばせようとした。という事なのですね」

「そうです。父がミノを作ろうとしたきっかけは、あくまでも私のためだったのです」

 クモの笑顔が咲きます。

「息子を喜ばせようとしてやったことが、みんなの夢を叶えることになった。その夢が破れたはずが、その子どもたちに夢を与えた。それだけで、父の死は無駄ではなかった。父の死が無駄ではなかったということは、父の一生には意味があったということだと思います」

 クモの笑顔が広がります。

「その結果、村ではカミサマ扱いまでされるようになった。カミサマ扱いはどうかと思いますが、私は、父に大切に思われました」

「クモさんは、あなたに、そういったの」

「あれは、夢ではないと思います」

 クモは小さくうなずきます。

「もう、日が登っていましたし、私は目覚めていたはずです」

「クモさんの、あなたの所に、お父さんが現れた」

「はい。あれは、間違いなく父でした」

 クモは、何度もうなずきます。

「ケムシさんからのお手紙だけでは、私はきっと、父の死を受け容れることはできなかったと思います。だからこそ、私は、これまで村に帰って来れなかったのです」

 クモが顔を上げます。

「この村に帰ってしまったら、ほんとうに父が死んでしまうような。そんな気がして、それがこわくて、私は」

「でも、やって来た。それには、お父さんが関係あるのですね」

 クモがうなずきます。