咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・29

 クモはしばらく黙って立っていましたが、手を胸の前で組んで話します。

「こんなことを話して、信じていただけますでしょうか」

 笑顔のケムシに、クモは、まっすぐに続けます。

「あの、私は、父にいわれてここにきたのです」

「クモさんに」

「はい。私のところに、父が現れたのです」

「死んだクモさんが、あなたのお父さんが」

「はい」

「それは、夢ではないのですか」

「それが」

 クモの口がへの字になります。

「もしかしたら、夢かもしれないのですが」

「それでも、お父さんが現れたのですね」

 ケムシの言葉にクモの眼が輝きます。

「はい。実は父は、亡くなってすぐから私の傍にいてくれました」

「クモさんが」

「はい。実は、私も初めは父だとは思わなかったのです」

 クモはゆっくりと話します。

「ただ、不思議と『傍に何かがいる』という感覚を感じることがありました」

 クモは一度口をつぐむと、また、まなじりを上げます。

「私は、父の死を悔やんでいました。父にはもっと長く生きていて欲しかった。私のために、生きていて欲しかった。何故、命を削ってまでミノなんかを作ろうとしたのか。何故、他の虫のために命を捨てたのか」

 話すうちに、クモの気持ちが溢れてしまいます。

「しかも、そのミノは間に合わなかった。父の死は、無駄だった」

「そんなことはない。無駄なことはない」

 ケムシがさえぎります。

「クモさんは、この村のカミサマになったのですからね」

「でも、父さんには、村のカミサマなんかではなく、父さんでいて欲しかった」

 クモは拳を握ります。

「父の死を知った時、私は、父が息子の私よりも、村のみんなの方を選んだような気がしました。私は、父から選ばれなかった。父に捨てられたような気がしたのです」

「クモさんは、そんなことはしませんよ」

 クモは手のひらをケムシに向けて、ケムシの言葉を抑えます。

「ええ。今ではわかっています。父は、父のほんとうの気持ちを伝えに、私の傍に来てくれましたから」

「ほんとうの気持ち。ですか」

「はい。父は、私のために、ミノを作ったのです。私のことが大切だから、ミノを作ったのです」

「どういうことですか」

 クモは、朝の光の中で、父親の影を見たのといいます。