クモはしばらく黙って立っていましたが、手を胸の前で組んで話します。
「こんなことを話して、信じていただけますでしょうか」
笑顔のケムシに、クモは、まっすぐに続けます。
「あの、私は、父にいわれてここにきたのです」
「クモさんに」
「はい。私のところに、父が現れたのです」
「死んだクモさんが、あなたのお父さんが」
「はい」
「それは、夢ではないのですか」
「それが」
クモの口がへの字になります。
「もしかしたら、夢かもしれないのですが」
「それでも、お父さんが現れたのですね」
ケムシの言葉にクモの眼が輝きます。
「はい。実は父は、亡くなってすぐから私の傍にいてくれました」
「クモさんが」
「はい。実は、私も初めは父だとは思わなかったのです」
クモはゆっくりと話します。
「ただ、不思議と『傍に何かがいる』という感覚を感じることがありました」
クモは一度口をつぐむと、また、まなじりを上げます。
「私は、父の死を悔やんでいました。父にはもっと長く生きていて欲しかった。私のために、生きていて欲しかった。何故、命を削ってまでミノなんかを作ろうとしたのか。何故、他の虫のために命を捨てたのか」
話すうちに、クモの気持ちが溢れてしまいます。
「しかも、そのミノは間に合わなかった。父の死は、無駄だった」
「そんなことはない。無駄なことはない」
ケムシがさえぎります。
「クモさんは、この村のカミサマになったのですからね」
「でも、父さんには、村のカミサマなんかではなく、父さんでいて欲しかった」
クモは拳を握ります。
「父の死を知った時、私は、父が息子の私よりも、村のみんなの方を選んだような気がしました。私は、父から選ばれなかった。父に捨てられたような気がしたのです」
「クモさんは、そんなことはしませんよ」
クモは手のひらをケムシに向けて、ケムシの言葉を抑えます。
「ええ。今ではわかっています。父は、父のほんとうの気持ちを伝えに、私の傍に来てくれましたから」
「ほんとうの気持ち。ですか」
「はい。父は、私のために、ミノを作ったのです。私のことが大切だから、ミノを作ったのです」
「どういうことですか」
クモは、朝の光の中で、父親の影を見たのといいます。