咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・31

「また、父が現れたのです。そして、私にいいました。『村に帰ってケムシさんに会え』と。初めは意味が分からなかったのですが、郵便配達のバッタくんが、ああ、私の村のバッタくんですが、そのバッタくんが、この村の『神話』を噂話に話してくれたのです」

 

 クモの村のバッタから聞いたところの『隣村の神話』とは、クモが作ったミノのおかげで、村の虫たちが、春を見ることができるようになったこと。そして、そのミノ作りに関わったクモは死んでしまったけれども、何故かケムシは未だに生きている、という不思議な話でした。

 

「私の村のバッタくんは、その神話に登場するクモが、私の父であることを知りません。それでも、バッタくんは、『ミノがあれば、春を見ることができる』ということを私に話すことで、私の村のみんなが、私にミノを作って欲しいという気持ちを伝えていることがわかりました」

 クモがにっこり。

「そこに、父が現れて、『村に帰ってケムシさんに会え』です。これは、ケムシさんから毛の針をいただいて、父と同じように私の村のみんなのミノを作れという意味だとわかったのです」

 そこで、クモはちいさく頭を下げます。

「すみません。実は、私は、ケムシさんは、もう、この世にはいないものと、勝手に思い込んでいたのです」

 ケムシが苦く笑います。

「何しろ、父が亡くなってから、ずいぶんと時が過ぎていますから」

「ああ、それに、そもそも、ケムシはいつまでも、ケムシではない」

「そう。そうなんです」

 クモも苦く笑います。

「ところが、バッタくんの話では、『神話のケムシは、未だに生きている。しかも、今でもケムシだ』と。これで、私の中で、父の言葉の意味がはっきりとわかったのです」

「やはり、父と子、家族の結びつきは強いのですね」

 ケムシが小さく吐息をひとつ。

「え」

「いや、何でもありません。そういえば。たしか、あなたには息子さんがいたでしょう。クモさんのお孫さん」

「はい。息子も一人前になりまして、沼地の村で仕立屋をやっています」

 クモの顔がほころびます。

「そういうものなのでしょうね。私がこの村を去って今の村に行ったように、息子も新しい場所に行きました」

「そうやって、クモさんも命を繋いでゆくのですね」

 ケムシが微笑みます。

「それにしても、父さんが神話に登場するなんて」

「まあ、この村のみんなが登場する神話ですけどね。あの郵便屋のバッタさんのお爺さんもお父さんも、同じく村の神話の中に登場します。村のみんなが神話の中の存在の末裔というわけです」

「その中でも、ケムシさんは、今も生きるカミサマ。カミサマの生き残り。というわけですか」

 クモはケムシが少し辛そうな顔をしたことに驚きます。

 その時、戸が叩かれました。

 戸はゆっくりと静かに叩かれます。

 クモが戸を開けると、また、バッタの顔が見えます。

 そして、バッタの後ろにはたくさんの虫たちの姿が見えます。

「あのカミサマの息子のクモさんが、この村にやって来たぞ」

 バッタは、ミノムシだけではなく、村長のトノサマバッタやコオロギたちみんなに伝えたのです。

 そして、それを知ったみんなが、まっしぐらに、この場所に駆けつけて来たのです。 

 ほとんどの虫たちは、ミノムシよりも歩むのが速いので、ミノムシがここに辿り着く前に、みんなが到着してしまいました。中には飛んで来たものもいました。