咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・25

 

 世代交代が終わったそんな虫たちの村の夏も暑さの峠を越して、向日葵の花たちがうつむき始める頃に、村のみんなはケムシが病気になったことを知りました。

 村のみんなは、ケムシが「普通のケムシ」ではないことを知っています。

 普通のケムシは、冬が過ぎたらケムシではなくなります。

 つまり、ケムシはいつまでもケムシではないのです。

 ところが、この村のケムシは、すでに三回目の冬を越えていましたが、未だにケムシのままでした。

 そんなケムシは、村のみんなにとっては、姿が変わらないからこそ、春をみせてくれる「カミサマ」のように思えるのでした。

 そして、いつしか村のみんなは、ケムシのことを「ケムシさま」と呼ぶようになっていました。

 それは、この村に伝わる神話のためです。

 

 かつて、冬のカミサマの支配下にあったこの村に、春のカミサマの化身が現れました。

それは、カミサマに捧げる音楽祭での出来事でした。

 八本の手足を持つカミサマと、木葉の塊の従者、針毛の塊の従者です。

 カミサマは、従者の木葉と針毛を使って作った堅牢な防具を村の虫たちに与えようとします。冬のカミサマの試練に耐えるためです。

 しかし、この村を支配していた冬のカミサマは、雪を降らせました。

 八本手足のカミサマと村の虫たちは、奮闘虚しく、戦いの最中で雄々しく散華します。

 春のカミサマは、負けてしまった。誰もがそう思いました。

 しかし、八本手足のカミサマが作った防具は、針毛の従者によって、村の虫たちの子どもたちに託されました。

 こうして、村の子どもたちは、防具「ミノ」のおかげで、春を見ることができました。

 そして、この物語は木葉の従者によって、村の子どもたちに語られました。

 春のカミサマの化身たち。八本手足のカミサマは「クモ」。針毛の従者は「ケムシ」。そして、木葉の従者は、「ミノムシ」あるいは「ミノ蛾」という名で、村に語り継がれていたのでした。

 

 撫子の花たちが咲き始めて、涼しい風が微かに吹いたその夜には、ケムシの家にミノムシが顔を出しました。

 このミノムシは、ミノ蛾になった、あのミノムシの孫でした。