季節はめぐり、また木枯しの季節がやって来ました。
虫たちの声も、あまり聞かなくなりました。
秋はどんどん深くなりますが、ケムシに音楽祭の日取りを知らせにくるものは誰もいませんでした。
ケムシには便りをくれる相手もいないので、郵便屋のバッタも配達には来ません。
なにより、この秋にも、ケムシの体に変化は起きません。
そうしているうちに、クモがこの世を去った日が、やって来ました。
「今日は、あの日だ」
夜も静まりかえった頃ケムシは呟きます。
その時です。遠くの方で、微かに虫たちの声が聞こえたような気がしました。
ケムシはちょっと首をかしげました。耳をすますとやっぱり聞こえます。
ケムシは戸を聞けてみました。
夜空いっぱいの星でした。
星たちがケムシを見つめているような夜でした。
遠くから聞こえていた虫たちの声が、だんだんだんだん近づいてきました。
やがて、みんなの姿が見えてきます。
みんなはケムシの家の前まで来ました。
「こんばんは、ケムシさん。ぼくたちみんなで歌いに来ました」
今の村長のトノサマバッタが一礼します。
バッタもイナゴも、コオロギも、スズムシもみんないました。
みんなは、ミノを着ていました。
「ケムシさん」
村長のトノサマバッタが姿勢を正します。
その背後にみんなが並びます。
「ぼくたちはお礼の歌を捧げるために、ここにやってきました。ぼくらの父や母は、春を見るという希望と出会えたお陰で、とてもとても幸せでした。ミノをいただいたぼくらが幸せなのだから、きっと間違いありません。ですから、ケムシさん、そしてクモさん、どうか聴いて下さい」
トノサマバッタがそういうと、バッタの指揮に合わせて、みんなは一緒に歌い出しました。
その歌は、みんなとの別れを悲しむ歌ではなく、みんなとの出会いを寿ぐ歌でした。
そして、みんなが、クモを思っていました。
だから、みんなで、クモを弔っていました。
ケムシは、胸がいっぱいになりました。そうして、空を仰ぎました。
空いっぱいの星が、みんなを見つめるように、きらめいて。
「クモさん、聞こえますか」
ケムシはいいました。
すると星いっぱいの果てしない空から、静かに、静かに、雪が舞い降りてきました。
雪はひらひらと降ってきます。
ケムシは空を仰いだまま目を閉じます。
星空の下、雪はしきりに降り続きました。
そして、虫たちの歌はいつまでも聞こえておりました。
この後、虫たちは、みんなで一緒にクモのミノを着て、みんなで一緒に春を見ることができました。
それは、あのミノムシが、あの日に見た、みんなの姿でした。
赤い花が咲いたら、ミノを着て冬眠をしたみんなを、ケムシが起こします。
ケムシは、赤い花が春を呼ぶことを知っていました。
春とは、みんなが夢にみたように、それはそれは素敵なものでした。
暖かくて、いい匂いがして、とりどりの色があって、光に溢れる春でした。
そんな虫たちみんなも、夢にみた春が終わる頃、この世を去ります。
みんなが去った代わりに、みんなの子どもたちが生まれてきます。
こうして虫たちは、命を繋いでいきます。