それからのクモは、朝は早くから夜も遅くまで、ひたすらミノを作りました。
「こうなったら、やるしかない」
クモは、口を開けば、そう繰り返します。
十着目までは、すぐにできました。二十着を過ぎて二十八着目になると、それまで赤や黄色のきれいな木の葉が入っていたミノが、みんな枯葉色になりました。
ある晩、木枯しの音にまじってクモの家の戸を、ちいさく叩く音がありました。
ケムシが開けて見ると、村長のトノサマバッタが外に立っています。
「あの、どうです。クモさんのお仕事は進んでいますか」
村長は紳士なので、年下のケムシにも丁寧に接します。
「ああ、クモさんですね。呼んできます」
村長が慌ててケムシを引き止めます。
「いやいやいや、クモさんのお仕事の邪魔になりたくない。その、進捗状況の確認にきただけですから」
ケムシはなるほど、と、答えます。
「ええ、毎晩遅くまでやっていますからね。あと十着とちょっとですよ」
「そうですか、もうすぐですね」
「ええ、もうすぐですね」
村長の笑顔に、ケムシは答えます。そのケムシに、トノサマバッタがささやきます。
「ケムシくん。私は、間違ってはいないでしょうか」
「ど、どうしました」
「あの時、みんながミノのことを知って、ここに押し掛けた時。私は、怖かったのです。私たちは、望んではならない望みを持ってしまったのではないか」
村長は口元だけで笑顔を作ります。
「ほんとうならば、冬を越すことができない私たちが、春を迎える。見ることができないはずの春を見る。そんな大それた望みを持っても良いのだろうか。先祖代々、そんな望みを持ったものはいません。何故ならそれは、望んではいけない望みだからではないのか。そんな大それた望みを持つことをカミサマは許してくれるのだろうか。いや、カミサマが決めたことに背く私たちに、何か恐ろしいことが起きるのではないか。たとえば、罰が当たるとか」
「カミサマに背くと罰があたる。ですか」
眉を上げるケムシにトノサマバッタが、うなずきます。