カミサマになったクモ・11
眉を上げるケムシにトノサマバッタが、うなずきます。
「もちろん、村のみんなが、自分のミノが間に合う者と、間に合わない者にわかれてしまうのを避けたかったのはほんとうです。私はとにかく、争いを避けたかった。みんなが争わないように、みんなをひとつにすることが村長の役目ならば、私はその役目を全うしたい。そう思ったのです」
トノサマバッタは、鼻を鳴らして肩をすくめます。
「もしかして、間に合わなかったら。そう思わないものはいません。春を見るという夢が破れる。夢にもみなかったことを、夢みてしまって、その夢が破れた時、それがどれだけ辛いのか、私には想像もつきません」
ケムシも目を上げます。
「みるはずもなかった夢をみてしまったのです。みんなは。その夢が断たれることが分かった時」
トノサマバッタの喉がごくりと鳴ります。
「たとえば、ほんとうならば、恩があるクモさんのことを、その、恨んでしまうかもしれません」
「クモさんを。争いが起きるのではなく、クモさんを恨むのですか」
いぶかしむケムシにトノサマバッタが答えます。
「だって、争う相手がいませんからね。ミノが間に合わないものは、死んじゃうのですから」
「そうか」
「ミノがあれば夢が叶うんです。春を見ることができるなんて、夢でさえない事です。私たちの先祖代々、そんなことを思いつきもしなかったでしょう」
トノサマバッタは、そういって大きく息を吐きました。
「クモさんは、とんでもないことを始めてしまったのかも知れません」
ケムシの言葉に、トノサマバッタは笑顔を作ります。
「でもね。もう、それでもいいです。私たちは、もう、始めてしまったのだから。私たちは夢をみてしまったのだから。なあに。間に合えばいいのです。間に合えば全てが報われます。ただ、もしも、万一にも間に合わなかった時」
トノサマバッタの眼が光ります。
「間違っても、恩あるクモさんを恨むことがあってはならない。もしも、誰かを恨むのであれば、『みんなで一緒に』などといった、私のことを恨めばよい」
ケムシは、トノサマバッタの顔を眩しくみます。
「驚いた。村長さんは、そんなことまで考えていたのですか」
「村長とは、そういうものなのです。らしいので。おそらく、ですが」
トノサマバッタの顔が赤くなります。
「あのう、ほんとうのところは、どうなのでしょうか。みなさんは、一緒に春を見ることを、その、納得しているのですか」
ケムシが目を上げます。
「というのは、初めは我先にミノが欲しいと誰もがいってましたよね。だから」
「そこは、村長の言葉の重みです」
トノサマバッタが胸を張って髭を撫でます。
「そうなんですね」
「はは。ケムシくんは素直に聞いてくれる」
村長は笑います。