咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・16


 冬眠に入ってからのミノムシは、木の枝にぶら下がって、うとうとと、半分は眠りながら半分は覚めながら、みんなのことを見守っていました。

 ミノムシは、眠りの中で夢をみます。ミノムシは、ケムシと話した時の夢をみていました。

 あれは、音楽祭の翌日、クモがミノを作ることを思いついて、バッタに告げに行った後のこと。

 クモの家に残ったミノムシとケムシの夢でした。

「ミノムシさんは、どう思っていますか。バッタさんにミノを作ってあげること」

「え。良い考えじゃあないかなあ。クモさんは、バッタくんのことがお気に入りのようだし」

「それはそうかもしれないけど」

 ケムシが少しためらって続けます。

「カミサマに背くことには、ならないでしょうか」

「え。カミサマに。かい」

「はい。あのう。実は、ぼくもミノムシさんのように、春をみることができるみたいなのです。おまけに、ぼくもミノムシさんも、春になると今とは、違う生ものになるらしいです」

「ケムシくんは、春には、違う生きものになるのですか。え。おれも、ですか」

「クモさんに教わりました。ほら、クモさんは長く生きているから」

 ケムシはクモと初めて出会った時のことを話します。

「ぼくは、ひとりぼっちでした。こんな毛だらけのぼくに近づく虫は誰もいません。クモさんは、こんなぼくに、親しくしてくれましたが、ぼくは、最初はぼくのことを食べるために近づいて来たのではないかと、警戒していました」

「わかります。おれも、初めはびくびくだったからね」

「今でも、時々、びくっとしてますよ」

 ケムシの真顔にミノムシが、てへへ。

「けれども、クモさんがいったのです。『ケムシがケムシでいる時間は短いよ。ケムシがケムシでいる間に、ケムシだけが持つ、その素晴らしい毛を世界のために活かさないか』と」

「なんですか。世界のために活かすって」

「いや、クモさんが針に使うってことですけどね」

 ケムシの思い出し笑いにつられて、ミノムシも、くすくすくす。

「それが、『世界のために毛を使う』ってこと」

「ええ。その時、ぼくは思ったのです。もしも、ほんとうに、ケムシでなくなる時が、そう遠くなく来るのであれば、それまでは、このクモと一緒に生きてみようと、思ったのです」

「そうなんだ」

「ええ。ケムシはケムシではなくなる。ケムシでいる時間は短い。ならば、ぼくが、ケムシでいたことを誰かに、みとってもらいたかったのです」

「誰かに、みとってもらうって」

「見届けてもらうっていうのか。確かにぼくというケムシがいたことを、誰かに憶えてもらいたい。だって、自分でさえ、忘れてしまうらしいのですからね。ぼくがケムシだったことを」

「ちょっと待って。たしか、おれも、ミノムシではなくなるっていいましたよね」

「ええ。クモさんに教わりました。ミノムシさんも、ケムシくんと同じ運命だよって」

「知らなかった。クモさんは、何故、おれには教えてくれなかったのだろうか」

「ミノムシさんは、人気者だから。ぼくみたいな、ケムシのような、嫌われものではないから」

「そんなことはないと思うけど」

 ミノムシは、頭をかきます。

「ああ、それで、さっきの、カミサマに背くというのは」

「そうそう」

 ケムシがちいさく咳払い。

「ぼくたちが、ケムシでなくなる。ミノムシでなくなる。ぼくたちよりも、クモさんが長く生きることは、運命です。カミサマが決めた理だそうです」

「なるほど」

「だから、クモさんに、ぼくがケムシでなくなっても、クモさんのことを忘れてしまっても、悲しまないで欲しいと思います」

「ケムシくんが、クモさんのことを、忘れるだと」

「だって、ケムシでなくなるのですよ。ケムシの時のことは、忘れるでしょう」

「そうかな。まあ、そうだな。そうなるだろうな」

 ケムシがちいさく笑顔を作ります。

「だから、クモさんにはぼくのことを、ぼくがいたことを憶えていて欲しい。そして、せっかく憶えていてくれるのならば、悲しい思い出は嫌です」

「だから、別れの時が来ても悲しまないで」

「はい。出会ったこと、一緒に過ごした時を憶えていて欲しい」

 ケムシが大きく深呼吸。

「そんなぼくの運命は、カミサマが決めた理です。そして、バッタさんたちが、冬を越すことなく死んでしまうのも」

 ミノムシが苦笑い。

「たしかに、運命だ」

「はい。みんなでお弔いの会までやるのですから」

「お弔いの会。音楽祭か」

「ええ、あれは、カミサマに捧げる歌でしょうから」

「なるほど、そこで、カミサマに繋がるわけか」

「はい。でも、それを、クモさんが、その運命を変えてしまうことになったら」

「ミノを作ることで」

「はい。ミノを作ることで、運命を変えるということが、カミサマに背くことになるのではないかと」

「なるかな。なるかね。きっとなるね」

「カミサマに背くことで、もしかしたら、罰を受けるかも」

「誰が受けるかな。その、カミサマの罰を」

「それは、やっぱり、クモさんでしょう」

「いや、まてよ」

 ミノムシが、顔を上げます。

「バッタくんが春を見ることができないのが運命ならば、クモさんがミノを作ることも、また、運命なのではないか」

「どういうことですか」

「もし、クモさんは、おれのミノを繕わなかったら、バッタくんのミノを作ることを思いつかなかった」

「ええ。まあ」

「もしも、クモさんが、ケムシくんの毛を針に使えなかったら、クモさんは、おれのミノを繕うことはなかった。ケムシくんの針がなかったら、固い枯葉は縫えないからね」

「はあ。そうですね」

「つまり、ケムシくんの針を持ち、おれのミノを作る経験がある、あのクモさんこそが、バッタくんのミノを作る運命にあるのではないか。つまり、あのクモさんは、『カミサマに選ばれしクモ』なのかも」

「クモさんの運命」

「運命ということは、カミサマがクモさんに下された使命」

「クモさんには、バッタさんに春を見せる使命があると」

「そう」

「何のために」

「いや、それはわからないよ。何しろ、カミサマの思し召しだからね」

 

 そこで、ミノムシは目が覚めました。

「ああ。そうか。バッタくんと春を見る時には、おれは、ミノムシではないのかなあ。こんな思い出も全部忘れてしまうのだろうか」

 

 そう思ううちにミノムシは、また、うとうとうと。