冬眠に入ってからのミノムシは、木の枝にぶら下がって、うとうとと、半分は眠りながら半分は覚めながら、みんなのことを見守っていました。
ミノムシは、眠りの中で夢をみます。ミノムシは、ケムシと話した時の夢をみていました。
あれは、音楽祭の翌日、クモがミノを作ることを思いついて、バッタに告げに行った後のこと。
クモの家に残ったミノムシとケムシの夢でした。
「ミノムシさんは、どう思っていますか。バッタさんにミノを作ってあげること」
「え。良い考えじゃあないかなあ。クモさんは、バッタくんのことがお気に入りのようだし」
「それはそうかもしれないけど」
ケムシが少しためらって続けます。
「カミサマに背くことには、ならないでしょうか」
「え。カミサマに。かい」
「はい。あのう。実は、ぼくもミノムシさんのように、春をみることができるみたいなのです。おまけに、ぼくもミノムシさんも、春になると今とは、違う生ものになるらしいです」
「ケムシくんは、春には、違う生きものになるのですか。え。おれも、ですか」
「クモさんに教わりました。ほら、クモさんは長く生きているから」
ケムシはクモと初めて出会った時のことを話します。
「ぼくは、ひとりぼっちでした。こんな毛だらけのぼくに近づく虫は誰もいません。クモさんは、こんなぼくに、親しくしてくれましたが、ぼくは、最初はぼくのことを食べるために近づいて来たのではないかと、警戒していました」
「わかります。おれも、初めはびくびくだったからね」
「今でも、時々、びくっとしてますよ」
ケムシの真顔にミノムシが、てへへ。
「けれども、クモさんがいったのです。『ケムシがケムシでいる時間は短いよ。ケムシがケムシでいる間に、ケムシだけが持つ、その素晴らしい毛を世界のために活かさないか』と」
「なんですか。世界のために活かすって」
「いや、クモさんが針に使うってことですけどね」
ケムシの思い出し笑いにつられて、ミノムシも、くすくすくす。
「それが、『世界のために毛を使う』ってこと」
「ええ。その時、ぼくは思ったのです。もしも、ほんとうに、ケムシでなくなる時が、そう遠くなく来るのであれば、それまでは、このクモと一緒に生きてみようと、思ったのです」
「そうなんだ」
「ええ。ケムシはケムシではなくなる。ケムシでいる時間は短い。ならば、ぼくが、ケムシでいたことを誰かに、みとってもらいたかったのです」
「誰かに、みとってもらうって」
「見届けてもらうっていうのか。確かにぼくというケムシがいたことを、誰かに憶えてもらいたい。だって、自分でさえ、忘れてしまうらしいのですからね。ぼくがケムシだったことを」
「ちょっと待って。たしか、おれも、ミノムシではなくなるっていいましたよね」
「ええ。クモさんに教わりました。ミノムシさんも、ケムシくんと同じ運命だよって」
「知らなかった。クモさんは、何故、おれには教えてくれなかったのだろうか」
「ミノムシさんは、人気者だから。ぼくみたいな、ケムシのような、嫌われものではないから」
「そんなことはないと思うけど」
ミノムシは、頭をかきます。
「ああ、それで、さっきの、カミサマに背くというのは」
「そうそう」
ケムシがちいさく咳払い。
「ぼくたちが、ケムシでなくなる。ミノムシでなくなる。ぼくたちよりも、クモさんが長く生きることは、運命です。カミサマが決めた理だそうです」
「なるほど」
「だから、クモさんに、ぼくがケムシでなくなっても、クモさんのことを忘れてしまっても、悲しまないで欲しいと思います」
「ケムシくんが、クモさんのことを、忘れるだと」
「だって、ケムシでなくなるのですよ。ケムシの時のことは、忘れるでしょう」
「そうかな。まあ、そうだな。そうなるだろうな」
ケムシがちいさく笑顔を作ります。
「だから、クモさんにはぼくのことを、ぼくがいたことを憶えていて欲しい。そして、せっかく憶えていてくれるのならば、悲しい思い出は嫌です」
「だから、別れの時が来ても悲しまないで」
「はい。出会ったこと、一緒に過ごした時を憶えていて欲しい」
ケムシが大きく深呼吸。
「そんなぼくの運命は、カミサマが決めた理です。そして、バッタさんたちが、冬を越すことなく死んでしまうのも」
ミノムシが苦笑い。
「たしかに、運命だ」
「はい。みんなでお弔いの会までやるのですから」
「お弔いの会。音楽祭か」
「ええ、あれは、カミサマに捧げる歌でしょうから」
「なるほど、そこで、カミサマに繋がるわけか」
「はい。でも、それを、クモさんが、その運命を変えてしまうことになったら」
「ミノを作ることで」
「はい。ミノを作ることで、運命を変えるということが、カミサマに背くことになるのではないかと」
「なるかな。なるかね。きっとなるね」
「カミサマに背くことで、もしかしたら、罰を受けるかも」
「誰が受けるかな。その、カミサマの罰を」
「それは、やっぱり、クモさんでしょう」
「いや、まてよ」
ミノムシが、顔を上げます。
「バッタくんが春を見ることができないのが運命ならば、クモさんがミノを作ることも、また、運命なのではないか」
「どういうことですか」
「もし、クモさんは、おれのミノを繕わなかったら、バッタくんのミノを作ることを思いつかなかった」
「ええ。まあ」
「もしも、クモさんが、ケムシくんの毛を針に使えなかったら、クモさんは、おれのミノを繕うことはなかった。ケムシくんの針がなかったら、固い枯葉は縫えないからね」
「はあ。そうですね」
「つまり、ケムシくんの針を持ち、おれのミノを作る経験がある、あのクモさんこそが、バッタくんのミノを作る運命にあるのではないか。つまり、あのクモさんは、『カミサマに選ばれしクモ』なのかも」
「クモさんの運命」
「運命ということは、カミサマがクモさんに下された使命」
「クモさんには、バッタさんに春を見せる使命があると」
「そう」
「何のために」
「いや、それはわからないよ。何しろ、カミサマの思し召しだからね」
そこで、ミノムシは目が覚めました。
「ああ。そうか。バッタくんと春を見る時には、おれは、ミノムシではないのかなあ。こんな思い出も全部忘れてしまうのだろうか」
そう思ううちにミノムシは、また、うとうとうと。