咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・19

「クモさん。聞いて。聞いてください」

 ミノムシは、必死です。

「カミサマは、私たちの幸せを祈ってくれるはずでしょ。だから、罰など与えるはずはない。カミサマは、誰にも罰を下したりしませんよ。そうです。そうに、決まってます」

「ならば、何故、間に合わなかったのだ」

 クモが低く声を絞ります。

「カミサマは、間に合わせてくれなかった。みんなは春を見ることができなかった」

「クモさん」

「私は、みんなを不幸にしてしまった」

「だから、そんなことはありませんて」

 ミノムシの眼に涙がこみ上げてきます。

「みんなは、夢をみることができて、幸せだったはずです。だって、そうでしょう。バッタくんたちにとっては、『春を見る』なんてことは、夢でさえなかったのですから。夢でさえなかったようなことを、夢にみることができて、それだけでも幸せだったはずです。きっと、そうです。そうに決まっています」

「そうかな」

 クモは顔を上げません。

「もしかしたら、夢は叶うことよりも、夢が叶った時よりも、夢をみている時のほうが、幸せなのかもしれません。そうだ。きっと、そうだ」

 ミノムシの言葉に、ようやくクモが、顔を上げます。

「ミノムシくん。でも、叶ってはいないのだから、どちらが幸せかは比べられないよ」

「そうですって。それに、そうだ。おれも幸せでした。みんなと一緒に春をみることができる、そんな夢をみられて幸せでした。これはおれの幸せですから、間違いありません。クモさんのミノはおれを幸せにしてくれました。おれを幸せにしてくれたクモさんが、おれにはカミサマに見えます」

「そうかな。そうだといいけどな。ふふ」

 クモがはじめてちいさく笑います。

「実は、私も、幸せだった。ミノを作るのがとても楽しかった」

 クモの笑顔が広がります・

「私は、ミノを作るのが楽しかった。楽しくてしかたなかった。このまま、ミノを作り続けたいと思った」

 クモが顔を伏せます。

「私は、あの時、このまま、時が止まればいいとさえ思った」

 ミノムシは、何もいえなくなってしまいました。

「でも、ありがとう。『カミサマにみえる』っていってくれた。なんだか、報われた気分だよ」

 クモはまた、笑顔を作ります。

「そろそろ、行くよ」

「え」

「息子のそばにいこうと思って」

「は」

「私は息子の村へ行くよ」

「ここへは、帰って来ないのですか」

「わからない。ただ、息子のそばにいたいんだ」

 クモがうふふふ笑います。

「ただ、帰ってきたとしても、もうミノムシくんと会うのは、これで最後ではないかな」

「そんな」

「はは。私は、眠らずに冬を越すからね、これが最後だって知っているのさ」

「最後って」

「いや、今度帰ってきた時には、ミノムシくんは、もう、ミノムシではなくなっているだろうからね」

「そういえば、ケムシくんに聞きました。おれたちの運命を」

 クモはちいさく笑いました。

「そして、なにより、私は、もう、死んでしまったようだからね」