「クモさん。聞いて。聞いてください」
ミノムシは、必死です。
「カミサマは、私たちの幸せを祈ってくれるはずでしょ。だから、罰など与えるはずはない。カミサマは、誰にも罰を下したりしませんよ。そうです。そうに、決まってます」
「ならば、何故、間に合わなかったのだ」
クモが低く声を絞ります。
「カミサマは、間に合わせてくれなかった。みんなは春を見ることができなかった」
「クモさん」
「私は、みんなを不幸にしてしまった」
「だから、そんなことはありませんて」
ミノムシの眼に涙がこみ上げてきます。
「みんなは、夢をみることができて、幸せだったはずです。だって、そうでしょう。バッタくんたちにとっては、『春を見る』なんてことは、夢でさえなかったのですから。夢でさえなかったようなことを、夢にみることができて、それだけでも幸せだったはずです。きっと、そうです。そうに決まっています」
「そうかな」
クモは顔を上げません。
「もしかしたら、夢は叶うことよりも、夢が叶った時よりも、夢をみている時のほうが、幸せなのかもしれません。そうだ。きっと、そうだ」
ミノムシの言葉に、ようやくクモが、顔を上げます。
「ミノムシくん。でも、叶ってはいないのだから、どちらが幸せかは比べられないよ」
「そうですって。それに、そうだ。おれも幸せでした。みんなと一緒に春をみることができる、そんな夢をみられて幸せでした。これはおれの幸せですから、間違いありません。クモさんのミノはおれを幸せにしてくれました。おれを幸せにしてくれたクモさんが、おれにはカミサマに見えます」
「そうかな。そうだといいけどな。ふふ」
クモがはじめてちいさく笑います。
「実は、私も、幸せだった。ミノを作るのがとても楽しかった」
クモの笑顔が広がります・
「私は、ミノを作るのが楽しかった。楽しくてしかたなかった。このまま、ミノを作り続けたいと思った」
クモが顔を伏せます。
「私は、あの時、このまま、時が止まればいいとさえ思った」
ミノムシは、何もいえなくなってしまいました。
「でも、ありがとう。『カミサマにみえる』っていってくれた。なんだか、報われた気分だよ」
クモはまた、笑顔を作ります。
「そろそろ、行くよ」
「え」
「息子のそばにいこうと思って」
「は」
「私は息子の村へ行くよ」
「ここへは、帰って来ないのですか」
「わからない。ただ、息子のそばにいたいんだ」
クモがうふふふ笑います。
「ただ、帰ってきたとしても、もうミノムシくんと会うのは、これで最後ではないかな」
「そんな」
「はは。私は、眠らずに冬を越すからね、これが最後だって知っているのさ」
「最後って」
「いや、今度帰ってきた時には、ミノムシくんは、もう、ミノムシではなくなっているだろうからね」
「そういえば、ケムシくんに聞きました。おれたちの運命を」
クモはちいさく笑いました。
「そして、なにより、私は、もう、死んでしまったようだからね」