咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・22

 やがて賑やかな夏がやってきました。

 その頃、バッタたちの子どもたちが生まれました。

 向日葵がまっすぐにお日様を見つめる頃でした。

 子どもたちは遊んでいる広場で、針毛の塊と枯葉の塊を見つけます。

 子どもたちが遊んでいると、いつの間にか、針毛の塊と枯葉の塊が現れたのです。

 子どもたちは、見慣れない異物を遠巻きに眺めます。

 そのうち針毛の塊は、ずずずずずずずず、去っていきます。

 広場には枯葉の塊が残っています。子どもたちは恐る恐る、枯葉の塊に近づきます。

 その時、みんなの後ろにあった別の枯葉が声を出します。

「それは、『ミノ』というんだよ」

 突然、枯葉がしゃべりだしたので、みんなはびっくりして飛んだり跳ねたりします。  

 遠くからしゃべる枯れ葉をおそるおそる見てみると、それは枯葉色の翅であることがわかりました。

 それは、かつてはミノムシであった、今はミノ蛾の翅です。

 

 ミノにくるまってゆらゆらと風に揺れながら、ミノムシは眠って冬を越しました。

 ミノムシは、冬眠中には、まるで死んだようになります。

 そして春が来たらミノムシは、ミノ蛾へと変身します。

 枝からぶら下がっていたミノムシは、ミノを捨てて、空を飛ぶのでした。

 ミノを捨てる時、ミノ蛾はミノムシであった頃の記憶をなくします。

 それは、地上の虫ミノムシから、空の虫ミノ蛾に生まれ変わる時の通過儀礼でした。

「思い出したのだ」

 ミノ蛾は、それまで、自分がミノムシであった頃の記憶を忘れてしまっていたことに気づきます。

 たくさんのミノを見て、かつての記憶を取り戻したのです。

「みんなは知らないけれどね。これは 『ミノ』 というものなんだ」

 ミノ蛾は、ミノムシ時代のことを鮮明に思い出しました。

 ミノムシ時代の夢も思い出しました。

「そうだ。あれは夢ではない。あの時のおれには見えたのだ」

 ミノ蛾は興奮します。

 こんなことは、普通には起こり得ないことのはずです。

「あの時、おれは、カミサマになったみんなを見たのだ」

 

 クモは、バッタたちみんなに囲まれていました。

「ごめん。間に合わなかった。ほんとうに、ごめんなさい」

 謝るクモに、みんなは口々にいいます。

「ありがとう」

 バッタがクモに、にっこり手を振ります。

「クモさんのおかげで、ぼくはずっと夢をみたままです」

 

「ああ、クモさんは報われたのだ」

 ミノムシの体に、幸せが満ちてきます。

「おれも今、カミサマになっているのかも」

 ミノムシは深い眠りにつきました。

 何もかも忘れて。

 夢もみないで。

 

 ミノ蛾は、その時の記憶を何もかも思い出したのでした。