「ありがとうございます。今日はずいぶん気分が良いです」
「それは、嬉しいことです。みんなに伝えます。みんな、心配してますからね」
「ああ、ちょっと窓を開けてくれませんか」
ミノムシは振り返って、壁の小石の隙間の木の葉を外します。
小石の隙間から空いっぱいの星が見えます。
「やあ、星がきれいです。とても遠いね」
「ええ、秋になったんですね。ほら、お月さま」
黙って一緒に空をながめるうちに、ミノムシの緊張がほぐれてきました。
「そういえば」
ケムシがいいます。
「あなたのお爺さんと一緒に行った音楽祭の夜も、こんなお月さまだったんですよ」
「おれのお爺さんと、ケムシさん、あ、ケムシさまとクモさんが登場したあの、『伝説の音楽祭』ですね。その翌日に、ミノを作ることになる」
「ああ、ケムシさんと呼んでください。ケムシさまじゃなく。だってほら、あなたは、他ならぬミノムシさんなのだから」
「は。恐縮です」
固まったままのミノムシに、ケムシが歌います。
「ぼくが月を見ると、月もぼくを見る。カミサマ、ぼくをお守りください。カミサマ、月をお守りください」
ちいさく歌うケムシを、ミノムシが見つめます。
「あの夜にね、クモさんがうたった歌です。ほんとうに月のきれいな夜だった」
それからケムシはミノムシに、クモとミノムシの思い出をぽつりぽつぽつ話しました。
「クモさんは、ほんとうにカミサマになっちゃった」
「はい。村の神話に登場するカミサマですからね。おれの爺さんとケムシさんは、その従者」
ミノムシが胸を張ります。
「ははは。ミノムシさんだって、カミサマですよ。だって、もしも、ミノムシさんの糸がなければ、みんなのミノは作れなかったんですからね」
「そうなんですね」
ミノムシの頬がうずうずうずうずします。
「クモさんの糸も強いけど、固い木の葉をぬい合わせるのは、ミノムシさんがぶら下がっても切れないほど強い、ミノムシ糸が必要だったのですから」
「そうなんですね。ひゃあ、ぼくの爺さんもカミサマですね」
ケムシとミノムシは笑います。
月は静かに揺れています。
ひとしきり笑ったケムシとミノムシは、また黙って星空をながめます。
静かな夜です。遠くから、気の早いキリギリスが音楽祭用の曲を練習しているのが聞こえてきます。
かつては別れの歌を奏でていた音楽祭は、今では春を迎える喜びの祭典となっていました。
そして、その祭典の最後に歌われる曲こそが、この村の神話である『神楽』なのです。
ミノムシが帰った後、ケムシは不思議と目がさえて眠れません。
クモのことを、いろいろと思い出しました。
もちろん、ケムシはクモのことを忘れたことはありません。
けれども、ケムシはクモがいない暮らしに慣れて来ていました。
「クモさんがいない。これからも。クモさんは、もう、ずっといない」
ミノムシが開けてくれた窓から、思いのほか冷たい秋風が吹き込んできました。
ケムシは窓を閉じます。
空いっぱいの星たちが、とても遠くに見えました。