咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・28

 秋も深まった晴れた昼下がりでした。

 ケムシは家の戸を叩く音に戸を開けました。

「クモさん」

 開いた戸の向こうを見たケムシは、そういって立ちすくんでしまいます。

 そこには、あの懐かしいクモが立っていたのでした。

「クモさん」

 ケムシは戸を大きく開いて、クモを家の中に招き入れます。

「ああ、クモさんだ。クモさんがいる。クモさんだ」

 クモがちいさく笑います。

 笑うクモにケムシも笑います。

 そこに声がしました。

「ケムシさま、郵便でございます」

 郵便屋のバッタです。

 バッタもケムシには緊張して、こわばった声を出します。

「ケムシさま、良い知らせでございますよ。隣村のクモさんからです」

 バッタの声に、ケムシの前のクモがぺこりお辞儀します。

「はじめまして。ケムシさん、ぼくです。クモの息子です」

 ケムシは一瞬息を吞むと、大きくうなずきます。

「ああ。息子さんかあ。隣の村に住む」

 ケムシが、あははは笑います。

「はは。そうか。クモさんの体の方が、郵便よりも先にここに届いてしまったということだ」

 そして、ケムシはバッタにいいました。

「バッタさん、こちらが隣村のクモさん。この村にいたクモさんの息子さんです」

「え。こちらさまが、あのカミサマになったクモさまの息子さまですか」

 バッタは少し口を開けて、その場に立ちつくしてしまいます。

「バッタさん、すみませんが、ミノムシさんを呼んで来てくださいな。隣村のクモさん、あのクモさんの息子さんが来てくれました。ってね」

 バッタはかくかくとうなずくと飛んでいきました。

 クモが改めてケムシに挨拶します。

「あの。おかげんはいかがですか。伺ったりして、ごめいわくではなかったでしょうか。あの、もう、お年ですし。すみません。いきなり来てしまって」

「ああ。今日はほんとうに良い日だ」

 ケムシはどっかり座って笑います。

「ほんとうに、ほんとうに、よくきてくれました」