咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・14

 いよいよ最後のミノを作りだしたクモの背中を見ていたケムシは、これで最後だとなんとなく安心して、疲れた頭を振って外に出てびっくりしました。

 いつもの年よりも早い初雪が、村に積っていました。

 悪い夢でも見ているような気になったケムシは、大急ぎでバッタの家へ行きました。

 それからイナゴの家、村長の家、みんなの家へ。

 みんなは、雪に耐えられるほど、強くはありませんでした。

 ケムシは、目の前がまっ暗になって、くらくらくらくら家に帰りつきました。

 家の中ではクモが、最後のミノを作っています。

 クモは歌うように呟いています。

「あとひとつ、あとひとつ」

 クモは慈しむように、愛でるようにミノを作ります。

 最後のミノが、とうとう、出来上がります。

 ケムシは、戸を開けたまま、クモの背中を見つめます。

「クモさん」

 クモは、後ろを振り向きもしません。

「もういいです。クモさん、もう終わった。終わりました。なにもかも」

 ケムシの言葉は、最後は声にはなりませんでした。

 クモが振り返りました。

 クモにも雪景色が見えました。

「そんな。これで最後だっていうのに。そんな」

 クモは、じっと雪を見つめました。

 それから、ミノを見つめました。

 そして、最後のミノに顔をうずめました。

 クモの瞳の中には、みんなの顔がありました。

 懸命に生きて、この世に生きた証しに、懸命に歌ったあの晩のみんなの顔が。

 クモが思い出すみんなの顔は、何故かみんな笑顔でした。

 クモの肩が震え出しました。

 ケムシは、そっと戸を閉めました。

 外では止んでいた雪が、また、降り始めました。

 その夜、クモもこの世を去りました。

 無理を重ねていたクモも、悲しみに耐えるほど、強くはなかったのでした。

 疲れ果てたクモの顔は、それでも穏やかに微笑んで見えました。