咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・12

 村長は笑います。

「みんなは、『運命』という言葉を受け容れたのだとおもいます。春を見たいかどうか。その思いはそれぞれです。たとえば、キリギリスさんは、『春を見た時に、私がどんな歌をうたうかが楽しみよ』といっていました。キリギリスさんには、音楽こそがすべてですからね。それでも、春を見ることが、『できない』と『できる』の間に境界線があって、その境界線を越えるのならば、つまりは、運命が変わるのならば、みんな一緒に越えたいと思うものです。私たちは、仲間で、家族ですからね」

「ぼくは、村長さんの選択が、間違っていたとは思いません」

 ケムシがきっぱりといいます。

「村長さんが、あの場で決めてくれたおかげで、みんなが、助かったのです。あの場は、『みんなで一緒に』と決めなければ、村長さんがおっしゃる通り、争いが起こっていたでしょう。そして、みんなが不幸になったでしょう」

 ケムシが続けます。

「そういえば、村長さん、何故、今の話をぼくに打ち明けてくれたのですか。その、ほんとうなら、秘密でしょ」

「ほんとうだ。なんと、ケムシくんに話してしまった」

 トノサマバッタがちいさく笑います。

「不思議だなあ。誰にもいわずにいるはずだったのにね。聞いてくれてありがとう」

「やはり、ぼくが、ケムシだから、みんなとは違う生きものだからですか」

「どうだろう。そうかもしれないし、違うかもしれない」

 村長が、ちょっと間をとりました。

「それでも、ケムシくんは、私たちの仲間だと思っているから、ケムシくんだから話してしまったのだろうと思うよ」

 ケムシがちょっと息を吞みます。

「ああ、そういえば、ええと、カミサマに背くということですが」

「いえ、ケムシくん、それはもういいです」

 トノサマバッタが、がははは笑います。

「みんなが幸せになるのならば。カミサマは何もいわないでしょうからね」

 そういってトノサマバッタは、木枯しの中をどしどしどしどし帰って行きました。

 ケムシは、トノサマバッタの後ろ姿に呟きます。

「ぼくも、初めて春を見ます。みんなで一緒に、春を見ましょう」

 静かな夜でした。空いっぱいの星たちが、瞬いていました。

 家の中からは、クモがミノを作る、木の葉が触れ合う音が聞こえてくるだけでした。