クモはミノを繕う手を止めます。
「けれども、まず、クモとは話もしない。ケムシは『クモに食べられる』と思うので」
クモが苦く笑います。ミノムシが肩をすくめます。
「ほんとうは、クモは毛に包まれたケムシは食べません。でも、そのことをケムシは知らないので、クモを恐れるのです」
「なるほど」
「そもそも、私らクモは、蜂や蝿などを捕まえる為に巣を張ります」
「そう。クモさんが食べるのは、空の世界の連中なのですね」
「ええ、蟻なども食べますけどね。巣にかかったら」
クモがうなずいて、続けます。
「私は、私の村のケムシに、何度も頼んでみました。はは。ケムシが私を怖がって逃げようとしても、私が素早く捕まえて動けなくしてしまえば、話をすることはできます」
ミノムシの顔がこわばるのを見て、クモがあわてて手を振ります。
「ああ、食べません。食べてません。ただ、ケムシに毛を、針をくれないかと頼んでみたのです」
「そのケムシは針をくれなかったのですか」
ミノムシの問いに、クモはうなずきます。
「痛いのだそうです」
「痛い」
「毛を抜くのは、死ぬほど痛い。いっそのこと死んでしまった方がいいと思うくらい、痛いのだそうです。ほんとうにそれほどの痛みかどうかは別にして、痛いのは確からしいです」
「痛いのですか。痛いのは嫌ですね」
ミノムシが顔をしかめます。
「それに、そのケムシは、毛を抜いてしまったら、ケムシではなく、別の生きものになってしまうことを恐れていました」
「別の生きもの。なんだか、怖いですね」
「だから、そのケムシは、『毛を抜くのならば、いっそのこと食べてくれ。食べてくれれば、ぼくはあなたの中で生きていける』といいました」
家の外では、気が早いちいさな北風が吹き抜けていきます。
「もちろん、私はそのケムシを放しました。そして、『村に帰ってケムシさんに会え』と父がいった意味がわかったのです」
「おれたちのケムシさまだけが、毛をくれるのですね」
「はい。痛くても。黙って」
「知りませんでした」
「おれたちのケムシさま、いわないから」
「何故、ケムシさんはいわないのか。ケムシさんはみんなの夢を叶えるために、大変な犠牲を払っているのに。ケムシさんこそ、カミサマではないですか」
「わかりません。たぶん、ケムシさんは今回も、黙って毛を抜いてくれると思います」
「どんなに痛いかは、知らせずに」
「はい」
「でも。そんなケムシさんの犠牲は、村の神話の中で歌われるべきではありませんか」
ミノムシは指を鳴らします。
「そうだ。今からなら、音楽祭に間に合うかもしれない」
「たぶん、たぶんですが。ケムシさんは、それを望まないと思います」