咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・34

 クモはミノを繕う手を止めます。

「けれども、まず、クモとは話もしない。ケムシは『クモに食べられる』と思うので」

 クモが苦く笑います。ミノムシが肩をすくめます。

「ほんとうは、クモは毛に包まれたケムシは食べません。でも、そのことをケムシは知らないので、クモを恐れるのです」

「なるほど」

「そもそも、私らクモは、蜂や蝿などを捕まえる為に巣を張ります」

「そう。クモさんが食べるのは、空の世界の連中なのですね」

「ええ、蟻なども食べますけどね。巣にかかったら」

 クモがうなずいて、続けます。

「私は、私の村のケムシに、何度も頼んでみました。はは。ケムシが私を怖がって逃げようとしても、私が素早く捕まえて動けなくしてしまえば、話をすることはできます」

 ミノムシの顔がこわばるのを見て、クモがあわてて手を振ります。

「ああ、食べません。食べてません。ただ、ケムシに毛を、針をくれないかと頼んでみたのです」

「そのケムシは針をくれなかったのですか」

 ミノムシの問いに、クモはうなずきます。

「痛いのだそうです」

「痛い」

「毛を抜くのは、死ぬほど痛い。いっそのこと死んでしまった方がいいと思うくらい、痛いのだそうです。ほんとうにそれほどの痛みかどうかは別にして、痛いのは確からしいです」

「痛いのですか。痛いのは嫌ですね」

 ミノムシが顔をしかめます。

「それに、そのケムシは、毛を抜いてしまったら、ケムシではなく、別の生きものになってしまうことを恐れていました」

「別の生きもの。なんだか、怖いですね」

「だから、そのケムシは、『毛を抜くのならば、いっそのこと食べてくれ。食べてくれれば、ぼくはあなたの中で生きていける』といいました」

 家の外では、気が早いちいさな北風が吹き抜けていきます。

「もちろん、私はそのケムシを放しました。そして、『村に帰ってケムシさんに会え』と父がいった意味がわかったのです」

「おれたちのケムシさまだけが、毛をくれるのですね」

「はい。痛くても。黙って」

「知りませんでした」

「おれたちのケムシさま、いわないから」

「何故、ケムシさんはいわないのか。ケムシさんはみんなの夢を叶えるために、大変な犠牲を払っているのに。ケムシさんこそ、カミサマではないですか」

「わかりません。たぶん、ケムシさんは今回も、黙って毛を抜いてくれると思います」

「どんなに痛いかは、知らせずに」

「はい」

「でも。そんなケムシさんの犠牲は、村の神話の中で歌われるべきではありませんか」

 ミノムシは指を鳴らします。

「そうだ。今からなら、音楽祭に間に合うかもしれない」

「たぶん、たぶんですが。ケムシさんは、それを望まないと思います」