咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・32

「ケムシさん、私が父の死を悔やんでいたことは、内緒ですよ」

 クモはケムシにそう耳打ちすると、ケムシと一緒に家の外に出ます。

 ケムシとクモが秋の日差しの中に姿をあらわすと、みんなの中から拍手が巻き起こりました。

 代々村長をつとめるトノサマバッタが一歩前に出ると、みんなの拍手がおさまります。

「クモさま、ようこそいらっしゃいました。わたしたちは、クモさまのことを、つまり、あなたさまのお父さまのことを知りません。けれども、わたしたちは、あなたさまのお父さまが、わたしたちのおじいさん、おばあさんのことを、とても大切に思ってくれたことを知っています。そして、そのためにクモさまのお父さまがお亡くなりになったことも」

 トノサマバッタは、ここでひとつ咳払いをします。

「クモさまのお父さまのおかげで、わたしたちの父や母は、それまでは見ることができなかった春を、見ることができました。そして、わたしたちも春を見ることができるのです。まるでカミサマのようなお父さまのおかげです」

 トノサマバッタの、喉がつまります。

「わたしたちが、お父さまにお伝えしたかった言葉を、今、あなたさまにお伝えします。ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました」

 トノサマバッタと一緒に、姿勢を正して深々とクモに一斉にお辞儀したみんなの中から、また、拍手が起こります。

 その拍手は、クモが一歩、前に出たのでおさまりました。

「どうもありがとうございました。あの、正直にいって驚きました。実は、私は父の最期を知って、とても悲しみました。父の最期はあまり幸せなものではなかったのだと思っていました。それは、みなさんのお爺さんお婆さんにミノを着せたい、という父の願いが叶わなかったからです。ただのクモでしかない父には、みなさんの運命を変えることなどできなかった。そう、思っていました」

 クモは、少し顔を上げて続けます。

「けれども、父の『間に合わなかったミノ』が、みなさんの希望になったことを知りました。父がこれほどまでに大切に思われていることを知りました。この世にはいないはずの父は、今でもみなさんの中にいることを知りました」

 クモの笑顔が咲きます。

「父は、なんと幸せだったことか。みなさんのお爺さん、お婆さんのおかげで、みなさんのお父さん、お母さんのおかげで、そして、みなさんのおかげで、父の生涯は幸せなものになりました。今でも父のことを憶えていてくれて、ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました」

 一礼するクモに、みんなは大きな拍手でこたえました。

 やわらかな秋の日差しの中で、誰もがみんな笑顔でした。

「憶えていてくれて、ありがとう」

 大きな拍手と歓声の中で、ケムシが呟きます。

「実は、今回、私はみなさんのミノを繕いに来たのです」

 クモがそういうと、みんながどよめきました。

 村のみんなは、大きな拍手をすると、そそくさとミノを取りに家まで戻ります。

 

 ミノムシが到着した時には、ケムシの家の前には誰もいませんでした。

 ミノムシはクモとの感激の対面を実現しました。

「これはカミサマの子孫同士のご対面です」

 ミノムシはクモに抱きつきます。

「クモさんのお父さんのおかげで、おれの爺さんは、今でも神話の中に生きています」

 ミノムシは、ほんとうはケムシに会った時に、ケムシにも抱きつきたかったのですが、未だに固い毛にまみれたケムシに抱きつくことは誰にも出来ません。

「私は、知っていますよ。ケムシさんの針と、ミノムシさんの糸が無ければ、ミノは作れなかったことを」

「さすがクモさん、わかってらっしゃる」

 ミノムシは、また、クモに抱きつきます。

 ケムシは抱き合って喜ぶクモとミノムシを黙って見ていました。