その日の夕方にはみんなのミノ、四十七着すべてがケムシの家に集められました。
みんながとてもとても大切に扱っているからか、ミノに大きな破れはありません。
それでも、冬を越えたミノの枯れ葉には穴が開くなどしていたので、繕う必要がありました。
その夜、ミノを繕うクモの傍で、ミノムシが糸をはきだします。
「そういえば、あの時も、こうだったのでしたね」
ミノムシが、あの音楽祭、神話の中で語られる『伝説の音楽祭』の翌日のことを話します。
ミノムシのお爺さんが、ここで糸をはきだして、クモのお父さんが、集めた木の葉を点検して。
「私は、毛を抜いていたよ」
そういったケムシがとても疲れた様子なのに、クモもミノムシも気づきます。
ケムシは寝床に入りました。
もう少し仕事をするので先に休んでくれるようにと、ケムシの体を心配するクモとミノムシに、頼まれたからでした。
窓からはお月さまが見えます。
となりの部屋からは、木の葉がふれあう音が聞こえてきます。
なにもかもがあの日のようでした。
「カミサマ、ぼくをお守りください。カミサマ、月をお守りください」
ケムシが小さく歌います。
ケムシは窓からのぞき込むお月さまのあかりと、木の葉の音に包まれて眠りました。
ケムシが仕事部屋から去った後、ミノムシがクモに話し始めました。
「おれの爺さんが教えてくれた一番は、ミノムシでいる時間が終わったら、おれはミノムシであったことを忘れてしまうってこと。おれがおれであったことを、忘れてしまうってことは、おれが消えて無くなってしまうってこと」
ミノムシがクモに熱く語ります。
「幸い、爺さんが神楽に登場するおかげで、みんなが「ミノムシはミノ蛾になる」ってことを知ってくれるけど、地を這って昼間から木にぶら下がってるおれが、闇夜を飛ぶ空の生きものと『中身は同じ』だなんて、誰も思わないよね。自分自身も知らないのだし。自分がミノムシであったことさえ忘れてしまうおれが、何の為に生きるのかといえば、『憶えていてもらうため』だと思う」
「憶えていてもらう。忘れずにいてもらう、ということですね」
クモは手を止めずにいいます。
「そうそう。大切な誰かが憶えてくれている間は、体は消えても、記憶は消えない。だから、おれが死んでもおれは消えない。何故、生きるか。何のために生まれてきたのかを悩むよりも、どう生きて、どんな自分を憶えてもらいたいかを考える。悩んで生きるには、おれがミノムシでいる時間は短いからね」
ミノムシはご機嫌です。
「やっぱり、ケムシさんは、口にしないのだな」
手を止めて、呟くクモの顔をミノムシがみます。
「私が、何故、ケムシさんの針をもらうために、この村まで帰ってきたかというと、ぼくの村ではケムシの針が手に入らないからです」
「針が手に入らない。どういうことですか」
「私の村にもケムシはいます」
クモはミノを繕う手を止めます。