咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・3

    クモは音楽祭の間中、指揮者のバッタの姿ばかりを見ていました。

 バッタは郵便の配達の時ばかりでなく、ちょくちょくクモの家に顔を出してくれました。バッタはクモの息子と仲が良かったので、クモの息子がこの村を出た後、郵便の配達のついでに、クモの様子を見に来てくれていたのです。

 クモはバッタの顔を見るたびに、息子の顔を思い出してきました。最近ではバッタのことも、息子のように思えるようにもなっていました。

 そのバッタとも、もうすぐお別れです。

 バッタの指揮のもと、みんなは、みんなの一生で、一度きりの合唱で、一心不乱の演奏で、最高の曲を奏でました。

 それは、今でもクモの耳の奥で響いている音楽。

 その歌が流れていた間は、まるで時が止まったようでした。

 時が止まっているようなのに、それは「永遠」とでもいうような時間でした。

 クモはため息まじりにいいました。

「運命なのだね」

 クモは、自分がみんなよりも長く生きることが、辛いことのように思います。長く生きるということは、それだけ多くの命を見送ることになるのです。

「バッタくんたちは、諦めているだろうね。いや、何とか生きて音楽祭を迎えることができたのだもの。みんな、本望だろう」

 クモは、お月様を仰いでいいます。

「それに、遅かれ早かれ誰もがみんな必ず死ぬ。ああ、前に教えたよね。消えていってしまうものを必要以上に儚んではいけない、でないと、心が擦り減ってしまう。と」

 そうです。地上の虫というものは、とても簡単に死んでしまうものなのです。

「ぼくが月を見ると、月もぼくを見る。カミサマ、ぼくをお守りください。カミサマ、月をお守りください」

 クモは歌いながら足元の小石をけります。

 クモとケムシは、蒼くのびた月夜の道を、ゆっくりと帰って行きました。