咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・1


 その梅の木の麓にあるちいさな野原に、虫たちの村がありました。

 その村には、クモの仕立屋がいました。

 クモの仕立屋は八本の手足を使い上等の糸で仕事をするので、繁盛していました。

 この村は、ちいさな村でした。村に今、秋が来ていました。

 静かな秋が来ていました。

 

 ある日、クモのところに一通の手紙が来ます。

 持って来てくれたのは、郵便屋のバッタです。バッタは気のいい青年で、長い脚で毎日村中を飛び回っては、郵便を届けます。

「クモさん、息子さんからの手紙ですよ」

 クモには息子がいて、隣村で仕立屋をやっています。

 バッタは、クモが息子からの手紙を楽しみにしていることを知っているので、にこにこ、手紙を渡します。もらったクモもにこにこ、読み始めましたが、手紙を閉じながら  大きな吐息を落とします。バッタはびっくりしてしまいます。

「どうしました。クモさん」

「いや、なに、そのね。息子はまだ、帰れないのだそうだ」

 バッタは、クモが息子の帰りを待ちわびていることを知っていました。

 バッタは、笑顔を作っていいます。

「クモさん、音楽祭には来て下さいね。ぼくが指揮者なのですから」

 バッタはにっこり笑うと、とても急いでいるように飛んで行ってしまいました。

 クモは、燕尾服が似合いそうなバッタの後ろ姿を見送ります。

 バッタが見えなくなっても、ぼんやりと立っていました。

「どうしたの」

 家の中からの声に、クモは我に返ります。

 空いっぱいの秋に、もう、たそがれが来ています。

 声をかけてくれるのは、最近、クモと一緒に暮らし始めたケムシです。

 

 ケムシと初対面の虫は、たいていケムシを怖がります。

 何しろ、針のような毛で全身を守っている虫なんて、滅多にはお目にかかれません。

 ケムシは全身の毛で自分の周囲に壁を作ります。

 だから、ケムシには友だちはいませんでした。

 しかし、クモは、他の虫とは違いました。

 クモは初対面のケムシに、絶対にケムシを食べないと誓いました。

 そして、ケムシの毛を「縫い針」として使わせて欲しいと頼みました。

最後にクモは、短い間だろうが、良ければ、一緒に暮らさないかと誘いました。

 その日以来、ケムシはクモの巣の真下にある、重なった小石の隙間の家にクモと一緒に暮らしています。

 

「あのね。やっぱり、息子は帰って来られない」

 クモは、ケムシにいうと、ちいさなため息をひとつ落とします。

「これから私は、誰のことを夢にみて暮らせば良いのかなあ」

 クモが呟いても、ケムシには聞こえないようです。

 その夜は、クモとケムシは、お互いに黙って過ごしました