その梅の木の麓にあるちいさな野原に、虫たちの村がありました。
その村には、クモの仕立屋がいました。
クモの仕立屋は八本の手足を使い上等の糸で仕事をするので、繁盛していました。
この村は、ちいさな村でした。村に今、秋が来ていました。
静かな秋が来ていました。
ある日、クモのところに一通の手紙が来ます。
持って来てくれたのは、郵便屋のバッタです。バッタは気のいい青年で、長い脚で毎日村中を飛び回っては、郵便を届けます。
「クモさん、息子さんからの手紙ですよ」
クモには息子がいて、隣村で仕立屋をやっています。
バッタは、クモが息子からの手紙を楽しみにしていることを知っているので、にこにこ、手紙を渡します。もらったクモもにこにこ、読み始めましたが、手紙を閉じながら 大きな吐息を落とします。バッタはびっくりしてしまいます。
「どうしました。クモさん」
「いや、なに、そのね。息子はまだ、帰れないのだそうだ」
バッタは、クモが息子の帰りを待ちわびていることを知っていました。
バッタは、笑顔を作っていいます。
「クモさん、音楽祭には来て下さいね。ぼくが指揮者なのですから」
バッタはにっこり笑うと、とても急いでいるように飛んで行ってしまいました。
クモは、燕尾服が似合いそうなバッタの後ろ姿を見送ります。
バッタが見えなくなっても、ぼんやりと立っていました。
「どうしたの」
家の中からの声に、クモは我に返ります。
空いっぱいの秋に、もう、たそがれが来ています。
声をかけてくれるのは、最近、クモと一緒に暮らし始めたケムシです。
ケムシと初対面の虫は、たいていケムシを怖がります。
何しろ、針のような毛で全身を守っている虫なんて、滅多にはお目にかかれません。
ケムシは全身の毛で自分の周囲に壁を作ります。
だから、ケムシには友だちはいませんでした。
しかし、クモは、他の虫とは違いました。
クモは初対面のケムシに、絶対にケムシを食べないと誓いました。
そして、ケムシの毛を「縫い針」として使わせて欲しいと頼みました。
最後にクモは、短い間だろうが、良ければ、一緒に暮らさないかと誘いました。
その日以来、ケムシはクモの巣の真下にある、重なった小石の隙間の家にクモと一緒に暮らしています。
「あのね。やっぱり、息子は帰って来られない」
クモは、ケムシにいうと、ちいさなため息をひとつ落とします。
「これから私は、誰のことを夢にみて暮らせば良いのかなあ」
クモが呟いても、ケムシには聞こえないようです。
その夜は、クモとケムシは、お互いに黙って過ごしました