咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

神様になったくも. 2

 「どうしたんだい。中におはいりよ」

 声をかけてくれるのは、クモさんといっしょに住んでいるケムシのおじいさんでした。クモさんは、ケムシさんの毛を針に使っていました。

「ああ」

 クモさんは、ふりむいて暗い部屋に入りました。

 冷たくなった秋風が、クモさんのせなかをたたきました。

 部屋の中はあたたかく思えませんでした。

「あのね。息子は帰ってこれないんだって」

 クモさんは、てれたように目をふせながらケムシさんにいうと、誰にも聞こえないような、ちいさなため息をひとつつきました。

「そうかい」

 ケムシさんも目をふせて、クモさんよりもっともっと、ちいきなため息をつきました。 ケムシさんもやっぱりひとりぼっちでした。

 その夜は、クモさんとケムシさんは、いつものとおり食事をしましたが、お互いに何もいえずにいました。まるで顔を合わせているのがつらいように、いつもより早くベッドに入りました。

 けれどもいつまでたっても眠れずにいました。

 横になったまま、ちいさいため息をくりかえしていました。

 そしてとうとう、クモさんが起き上がりました。

「ねえ、ケムシさん」

「ん。なんだい」

 ケムシさんも起きあがりました。

「いや、その」

「残念だね、あの、息子さん」

「いやあ、別に、半分あきらめていたからね」

「とにかく、息子さんも幸福そうだということなんだよね」

「そうそう、ありがたく思わなきゃね」

 クモさんとケムシさんは、そういってちょっと笑いました。

 けれどすぐまた黙ってしまいました。

「ねえ、ケムシさん」

 また横になったあと、クモさんがかすれた声でいいました。

「私は、これから誰のことを夢にみて、誰を思ってくらしたらいいのかねえ」

 クモさんは、毛布をかぶりました。

 ケムシさんはもう眠ってしまったらしく、何も答えてはくれませんでした。

 夜はクモさんをひとりぼっちにして、ふけてゆきました。