そんなケムシの前に、あのクモが姿を現しました。
クモは、あの日のままの姿です。
「ケムシくん、わかるか。私の声が聞こえるか」
「ああ、ようやく会えましたね。クモさん」
「私は、ずっと、ここにいたのだよ」
クモがいいます。
「ケムシくんには見えなかったけれどね」
「そうなのですか。息子さんのところではないの」
「そりゃあ、厳密にいえば、いつもは息子の傍にいるけど。でも、あなたの傍にもいたのだよ」
「ぼくもようやく『あちら側』に来ることができたというわけだ」
「いやいや、まだまだ。今のところ、ケムシくんは、境界、はざまの世界にいるのだよ」
「え」
「まあ、私が見えて、私の声が聞こえてよかった。なにより間に合って良かった。私は、また、間に合わないかと心配していたよ」
「カミサマになったクモさんの姿が見えるということは、ようやく、私も死ねるのかな」
ケムシの言葉に、クモはにこにこ顔を厳しく引き締めます。
「あのね、ケムシくん。『死ねるのかな』なんていわないの。みんな、死にたくないのだから」
「ほんとうならば、ケムシのぼくをみとってくれるはずなのに、ぼくを遺してとっとと逝ってしまったクモさんに、そういわれても」
「それはそうか」
ケムシと一緒に、クモも苦笑します。
「ケムシくん、あなた、長生きしてるのは、カミサマの罰だと思っているでしょう。私たちがミノを作って、みんなと一緒に春を見たいと望んだことを、罪だと思って、その罪を贖うために悲しみや、辛さや、せつなさを重ねていくために、長く生きていると」
「だって、そうでしょう」
「違うよ」
クモがきっぱりといいます。