咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・40

 そんなケムシの前に、あのクモが姿を現しました。

 クモは、あの日のままの姿です。

「ケムシくん、わかるか。私の声が聞こえるか」

「ああ、ようやく会えましたね。クモさん」

「私は、ずっと、ここにいたのだよ」

 クモがいいます。

「ケムシくんには見えなかったけれどね」

「そうなのですか。息子さんのところではないの」

「そりゃあ、厳密にいえば、いつもは息子の傍にいるけど。でも、あなたの傍にもいたのだよ」

「ぼくもようやく『あちら側』に来ることができたというわけだ」

「いやいや、まだまだ。今のところ、ケムシくんは、境界、はざまの世界にいるのだよ」

「え」

「まあ、私が見えて、私の声が聞こえてよかった。なにより間に合って良かった。私は、また、間に合わないかと心配していたよ」

「カミサマになったクモさんの姿が見えるということは、ようやく、私も死ねるのかな」

 ケムシの言葉に、クモはにこにこ顔を厳しく引き締めます。

「あのね、ケムシくん。『死ねるのかな』なんていわないの。みんな、死にたくないのだから」

「ほんとうならば、ケムシのぼくをみとってくれるはずなのに、ぼくを遺してとっとと逝ってしまったクモさんに、そういわれても」

「それはそうか」

 ケムシと一緒に、クモも苦笑します。

「ケムシくん、あなた、長生きしてるのは、カミサマの罰だと思っているでしょう。私たちがミノを作って、みんなと一緒に春を見たいと望んだことを、罪だと思って、その罪を贖うために悲しみや、辛さや、せつなさを重ねていくために、長く生きていると」

「だって、そうでしょう」

「違うよ」

 クモがきっぱりといいます。