「生きるということは、ただ、それだけで、誰かの、何かの命を繋ぐことになるのだよ。だから、長生きすることは、あらゆる命を繋ぐカミサマになることにつながっている」
「カミサマにつながる」
「そもそも、カミサマは、私たちの外にいるのではない。いや、外にもいるけれど、カミサマは、私たちの中にいる。ありとあらゆるもの、生きものも、そうでないものも、この大地から生まれた全てのものの中にいる。そして、誰もがやがて、カミサマになるのだ」
わけがわからない様子のケムシに、クモが説明を重ねます。
「あらゆるものには命がある。それぞれの命が、それぞれに生きた体を離れたら、カミサマになって、自分の体があった頃に繋いだ命を見守る。そして、しばらくして他のカミサマたちと一つになって大地のカミサマになるんだ」
「他のカミサマと一緒に、大地のカミサマになる」
クモがうなずきます。
「時がきて、体を捨てて命だけになって、この世とあの世のはざまを行き来するカミサマに、誰もがなる。そして、そのカミサマたちは、やがてひとつの集合体となる。この木に咲く花たちのようにね。私にも、そろそろその時が迫ってきている。そして、そんな花たちにとっての木のような存在がいる。その存在こそが、カミサマの王たる、大地のカミサマ」
クモが重々しくいいます。
「そう。そして、ひとつになった大地のカミサマが、また、いくつもの命に分かれて、新しい体でこの世を生きる。らしいです」
「え。『らしいです』って、それは、確かなことではないの」
「うん」
クモは、頭をかきます。
「まあ、でも、とにかく、今はまだ、見守っているところのようだね」
「繋いだ命を見守る」
「そうそう」
「もしかしたら、クモさん、私のことも見守ってくれていたの」
「ケムシくん、全然、気づいてくれないんだもの」
クモが苦笑します。
「私だけではないよ。ケムシくんを見守っていたのは。ミノムシくん、バッタくん、イナゴくん、村長、村のみんな。そして、さらには、その子どもたち。つまり、この村全部の命だよ。何しろ、みんなも、こちら側ではカミサマだから」
「カミサマたちは、みんな、それぞれの子や孫を見守っていて、そのついでに、私のことも見守ってくれていたのですね」
「厳密にいうとね」
クモがちいさく笑います。
「でも、みんなであなたを見守っていた。だって、ケムシくんは、みんなの最期をみとってくれた。そして、みんなを弔ってくれたからね。それは、みんなを、憶えてくれていたってこと」
「ぼくが、憶えていることが、弔うこと」
「それも、ケムシくんが、長く生きたおかげだ。ケムシくんは長く生きることで、沢山の命を繋いで、沢山の魂を救ってくれた」
「ぼくが」
「そう、ケムシくんは、私たちの家族だ」
「家族。ぼくが、みんなの」
「ああ、私とケムシくんとは、一緒に暮らした。私たちは同じ時を共有した。同じことで笑って、同じことで泣いた。そんなふうに一緒に感じたことを共有できる相手が家族さ」
「いやいや。ぼくたちは別々の生きものですよ。家族のような、特別な関係ではない」
「ははは。私たちは長い時間を共有した。だから、私たちは特別な関係になったのだよ。もうあなたを沢山のケムシの中の一匹だなどとは誰も思わない。私にとって、みんなにとって、ケムシくん。あなたは、唯一無二の大切な存在なのさ」
ケムシはクモの言葉をしばらくかみしめます。ケムシの眼に涙が浮かびます。
「ぼくが、他の誰よりも長く生きたことに、意味があったのか」
「そうさ。まあ、ケムシくんの長生きには、私にも責任があるのだけどね」
「クモさんに責任」
「ああ、実は、私は、死ぬ瞬間に、ケムシくんに死なないで欲しいと祈ってしまったのだよ」
「祈ったのですか。呪ったのではなく。ぼくは呪われたと思っていました」
今やケムシは、にやにやしていいます。
「ひどいな」
クモは苦笑して続けます。
「私が、最後に祈ったことが、ケムシくんの命だった。ケムシくんの幸せだった。ケムシくんは、私の願い通りに、いや、それ以上に長く生きてくれた」
クモが頭を下げます。
「長く生きてくれて、ありがとう。私たちみんなを弔ってくれてありがとう。ケムシくんの弔いは、私たちがカミサマになる祝福になったよ」
ケムシの胸が温かくなります。