咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

神様になったくも.3

 翌日も、昨日と同じ、高い秋空の日でした。

 クモさんもケムシさんも、何もなかったような顔をして黙っておりました。 

 クモさんは、朝早くから忙しそうに仕事をしていました。

 誰でも、 悲しいことや、せつないことがあった時には、何かを一所懸命にやるものです。

 ケムシさんは、朝のお茶の時にクモさんに自分の角砂糖をひとつだけわけてあげた他は、いつもと同じように静かにしていました。

 昼下りの秋の柔らかい日差しが木の葉にあたるのを、クモさんとケムシさんがぼんやりとながめていると、ミノムシ君がやって来ました。

 ミノムシ君は冬を越すためのミノを、クモさんにつくろってもらうのです。

「こんにちは、おじいさんたち」

ミノムシ君は、とても陽気な青年です。

ぼんやりしていた二人は、急ににこにこしはじめました。

今まで黙っていた二人が、なんだかおしゃべりになりました。

「やあ、ミノムシ君、今年は早いね」

「いつもより、ちょっぴりだけどね」

「元気にしていたかい?」

「木の葉がきれいになったよねえ」

「星が遠くなってきたよね」

  二人のおじいさんに矢つぎ早に話しかけられて、ミノムシ君はちょっぴりドギマギしましたが、二人のにこにこした顔を見て明るくいいました。

「二人とも元気そうですね。クモさん、今年もよろしくお願いしますよ」

「いいともいいとも」

 クモさんは、明るくそういってケムシさんを見ました。

 ケムシさんもにっこりうなずきました。

「どうだいミノムシ君、お茶でも」

「どうも、ごちそうになります」

 三人は秋の日差しの入って来る部屋に入りました。

 ケムシさんがお茶の用意をしている間、ミノムシ君は最近聞いた村のできごとを、おもしろおかしく始めました。

 お茶を飲み始めてひと息ついたころ、ミノムシ君はちょっと口調を変えて話し始めました。

「ところで知っていますか?音楽会のこと」

「ああ、今年はバッタ君も誘ってくれたことだし、久しぶりに二人して出かけようと思っているんだよ」

「ええ、その音楽会のことですけどね。今年は早くなりそうなんですよ。私もつい先日聞いたんですけどね」

「早くなる? それはまたなぜだい?」

「今年は冬将箪のお出ましが早そうなんでね。村長のトノサマバッタがいっていましたよ。『音楽会の前にみんながいなくなっちゃあ話しにならない』ってね」

「そうか」

 おじいさん達はため息まじりにいいました。

 秋の音楽会というのは、村の虫たちが年に一度だけみんな集って合唱するお祭りです。それは冬が来ればこの世を去る虫たちが、最後に奏でる曲でもありました。

 そして音楽会がおわれば冬になってしまうのでした。

 虫たちの声の無い冬になるのでした。

 クモさんも、ケムシさんも、ミノムシ君もみんな黙りこんでしまいました。

 それぞれにいろいろな思いを抱いていました。

「さあ、そろそろ帰らなければ」」

 ミノムシ君があわてたように言って立ちあがりました。

「どうもごちそうさま。それじゃあよろしく頼みます。あの、良かったらぼくも音楽会へいっしょに行かせて下さい」

「ああそうしよう。さようなら」

 クモさんとケムシさんもゆっくりと立ちあがって、ミノムシ君を戸口まで送りました。

 ミノムシ君が帰ってしばらくして、晴れていた空がぼんやりと曇って来ました。

 そうして夜になると冷たい雨がしんしんと降って来ました。

「雨だね」

「そうだね」

「冷えるね」

「そうだね」

 冷たい雨は一晩中降りつづきました。