咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

神様になったくも.1

 冬の静かな夜にはこんな話しがあります。

 

 ある所に虫の村がありました。人間の町があるのですから、虫の村もあります。

 そして、そこに、クモの仕立屋さんがおりました。

この仕立屋は8本の手足を使い、上等の糸で仕事をするので、たいそうはんじょうしていました。

 けれども、クモさんは、もうおじいさんでした。

 クモさんは早く隣り村の息子に後をつがせたいと思っていました。

クモさんのひとり息子は、山をこえたとなり村でやっぱり仕立屋をやっておりました。 

 年をとって仕事がつらくなって来たクモさんは、毎日のように息子のことを思ってくらしていました。

 クモさんの村は静かな村でした。

 この村に今、秋が来ておりました。静かな秋が来ていました。

 ある日クモさんの所に一通の手紙が来ました。持って来てくれたのは、郵便屋のバッタ君でした。

「おじいさん、息子さんからの手紙ですよ」

 クモさんが手紙を待っていたのを知っていたバッタ君は、にこにこしながら手紙を渡しました。もらったクモさんも、てれながら、にこにこして読みはじめましたが、ふとくすくす笑い出しました。

 バッタ君はびっくりしてしまいました。クモさんの目から涙が流れていましたから。

「どうしました? クモさん」

「いや、なに、そのね。息子は元気でやっているのだけどね。 あの忙しいらしくてね。孫もいるのだけど、可愛くってね。 これが。いや、それでこっちには帰れないんだそうだ」

 クモさんは、木枯しのように笑うと、そっと涙をふきました。

 バッタ君は、 やさしいクモさんが淋しそうにしているので悲しくなりました。

 けれども何といったらいいのかわかりませんでした。

「クモさん、あの」

 バッタ君はちょっぴりためらいましたが、目をふせながらいいました。

「クモさん、音楽会には来て下さいね。ぼくが指揮をやるんですよ」

 そしてにっこり笑うと、とても急いでいるように走っていってしまいました。

 クモさんは、バッタ君のうしろすがたをぼんやりと見送りました。

 バッタ君が見えなくなっても、ぼんやりと立っていました。

「どうしたんだい?」

 家の中から声がかかって、クモさんは、われにかえりました。

 空いっぱいの秋はもうたそがれはじめていました。