咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

胡蝶 13

「語りきったか」

 青狐が吐息交じりに言います。

「紅梅は、自分が美しいということを知らなかった」

 黒狐の唇が赤く咲きます。

「紅梅はあらゆる花に先駆けて咲く花。紅梅への祝福は、あらゆる花への祝福となる」

 赤狐が顔を上げます。

「美しいという言葉は、誇りを、勇気をも与える祝福の言葉。紅梅に続く花々は、予祝を与えられたことになる」

 白狐が続きます。

 

 このクニでは、予め祝うことで幸いを呼び寄せることができる、と信じられています。

 

「花々は、予祝を受けて、ますます鮮やかに咲き誇ることだろう。そして『この世』はますます華やかになる」

「この物語は、きっと語り継がれる」

 赤狐が口角を上げながら言います。

 白狐が呟きます。

「主様は、鎮魂の歌ではなく、生命の賛歌を歌い継がせる為に、冬蛾と紅梅に邂逅の機会を与えたのだろうか」

 その呟きを聞いて、黒狐の紅い唇が咲きました。

「はざまのカミサマ」とはそういうものなのです。

『しかし、冬蛾の想いは』

 黒狐は言葉をのみこみます。

『冬蛾の紅梅への想いを、何と呼ぶのだろうか』

 

 こうしてひとつの物語が終わりました。

 「はざまの世」は静まり返ります。

 次の物語が始まるその時まで。