砕け散った凍蝶は、のような粉となって紅梅に降り注ぎました。
イノチは、自分があたたかい風になって、紅梅を包み込んでは吹き抜けたような気がしました。
『我は、春風になったのか?』
遠ざかる意識の中で、イノチはそう思いました。
紅梅は、確かにあたたかい風に吹かれました。
それは紅梅が、生まれて初めて受け取った祝福でした。
こうして、イノチは、紅梅に祝福を届けることができました。
冬蛾であったイノチは、紋白蝶や揚羽蝶になってみて、胡蝶達が花々と戯れながら舞を舞うことで、花々を祝福していたことに気づきました。
その胡蝶達の祝福が、花々をより美しく咲かせていたのです。
イノチは自分だけが孤独なのではないことにも気づきます。
誰からも祝福されずに咲いて散ってゆく、紅梅の孤独を知りました。
イノチは、そんな紅梅を祝福したいと思いました。
すると、死ぬことを待っていたイノチは、生まれてきて良かったと思うようになります。
紅梅を祝福すること。それは冬蛾であったイノチにしかできないことなのです。
「冬蛾に生まれて良かった」
イノチは、初めて自分の運命を寿ぎます。
なにしろ、冬蛾だけが紅梅を祝福することができるのですから。
それこそが、「美しいと伝えたい」という冬蛾の願いの理由でした。
冬蛾は「この世」の最後に、紅梅を祝福できて幸せでした。
こうしてイノチは「春のカミサマ」の眷属になりました。
このクニには「冬将軍」をはじめとした「四季のカミサマ」がいます。
かつては冬蛾であったイノチは「春のカミサマ」の一員となることで、ようやく「はざまの世」を去ることができました。