咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

胡蝶 12

 砕け散った凍蝶は、のような粉となって紅梅に降り注ぎました。

 

 イノチは、自分があたたかい風になって、紅梅を包み込んでは吹き抜けたような気がしました。

『我は、春風になったのか?』

 遠ざかる意識の中で、イノチはそう思いました。

 紅梅は、確かにあたたかい風に吹かれました。

 それは紅梅が、生まれて初めて受け取った祝福でした。

 こうして、イノチは、紅梅に祝福を届けることができました。

 

 冬蛾であったイノチは、紋白蝶や揚羽蝶になってみて、胡蝶達が花々と戯れながら舞を舞うことで、花々を祝福していたことに気づきました。

 その胡蝶達の祝福が、花々をより美しく咲かせていたのです。

 イノチは自分だけが孤独なのではないことにも気づきます。

 誰からも祝福されずに咲いて散ってゆく、紅梅の孤独を知りました。

 イノチは、そんな紅梅を祝福したいと思いました。

 すると、死ぬことを待っていたイノチは、生まれてきて良かったと思うようになります。

 紅梅を祝福すること。それは冬蛾であったイノチにしかできないことなのです。

 

 「冬蛾に生まれて良かった」

 

 イノチは、初めて自分の運命を寿ぎます。

 なにしろ、冬蛾だけが紅梅を祝福することができるのですから。

 それこそが、「美しいと伝えたい」という冬蛾の願いの理由でした。

 冬蛾は「この世」の最後に、紅梅を祝福できて幸せでした。

 

 こうしてイノチは「春のカミサマ」の眷属になりました。

 このクニには「冬将軍」をはじめとした「四季のカミサマ」がいます。

 かつては冬蛾であったイノチは「春のカミサマ」の一員となることで、ようやく「はざまの世」を去ることができました。