胡蝶 11
しかし、最初に咲く花は誰にもその美しさを愛でられることはありません。
紅梅は、己の美しさへの祝福を受けることなく孤独に咲いては散ってゆきます。
だからこそ伝えたい。イノチは強く思いました。
「美しい。あなたは美しい」
その時、黒狐が叫びます。
「イノチよ、紅梅に祝福を」
「はざまの世」の中心に、強い光が現れました。
光は「はざまの世」に広がります。
もはや、狐達でさえも目を開けてはいられません。
この光は黒狐の妖力ではありません。
これは「はざまのカミサマ」の光です。
光の中でイノチは「はざまの世」から、小窓に飛び込みます。
イノチが飛び込んだ小窓の向こうの世界のその時は、「かはたれとき」でした。
時のはざまの中で、「夕と夜のはざま」が、「たそがれとき」で、「夜と朝のはざま」が、「かはたれとき」です。
狐達がのぞき込む「かはたれとき」の世界では、紅梅が山の端を染めて昇る日が、闇を破る気配を感じて、花を開き始めるのが見えます。
そして、「はざまのカミサマ」がイノチに与えた姿とは、凍りついた翅を持つ凍蝶の姿でした。
凍りついた枯れ葉色の翅は、青く透き通って美しく見えます。
しかし、その翅では羽ばたくことはできません。
凍蝶となったイノチは、紅梅が眠る枝に向かって一直線に滑空して行きました。
紅梅は夜と朝のはざまの「かはたれとき」に花びらを開きます。
紅梅は寒風の中に胸を張って花びらを開きます。
その風に乗って凍蝶が降りてきます。
凍蝶が紅梅に向かって落ちてゆきます。
その時です。
「かはたれとき」を破った一筋の光が、凍蝶を照らします。
凍蝶の降下線と朝陽の一筋の閃光が、刹那に交わります。
その交わった刹那に、凍蝶の翅は光を浴びて虹色に眩しく煌めきました。
「美しい、あなたはとても美しい」
そう告げ終わるやいなや、凍蝶の姿は砕け散りました。
紅梅は虹色に煌めく鱗粉に包まれていました。
紅梅の頭上で凍蝶の姿が砕け散ったのです。