「だから、もしも紅梅との別れの時がきたとしても、その別れを悲しむよりも、紅梅と出会えたという奇跡こそを寿ぐことができるだろう。我は、そう思いました」
一方、紅梅には冬蛾は見えません。
紅梅にとって冬蛾の姿は雪の中の枯れ葉にしか見えません。
相変わらず冬蛾はただ見つめるだけです。それでも冬蛾は幸せでした。
とはいえ、いつまでも、見つめていることはできません。
冬蛾は長い時を使い果たしていましたし、紅梅の花びらが開いているのは僅かな時間だけです。
ついに、紅梅の花びらが一枚寒風に散った時、冬蛾は「この世」を去りました。
それでも冬蛾は、初めて相手よりも先に、つまり相手を見送ることなく、「この世」を去ることができました。
こうして冬蛾は、紅梅と出会えたことを寿ぎながら「この世」を去りました。
そして、冬蛾の姿を捨てたイノチとなって「はざまの世」にきました。
ところが、それらのすべてのことを、イノチは忘れてしまっていたのでした。
「なるほど、胡蝶ならば出会えぬはずの紅梅に、お前は冬蛾であるがゆえに出会うことが叶ったというわけか」
青狐が物語をまとめます。
「はは。だから、お前は紅梅と縁を結びたいのか」
白狐はイノチに問います。
「いいえ、私の望みは」
イノチは静かに応えます。
「伝えたいのです」
「お前の想いを、か」
赤狐が重ねて問います。
「美しいという祝福を」
イノチは呟きました。
「美しい。だ、と」
赤狐が繰り返します。
紅梅は、生命が死に絶えた冬を割って、孤独に咲きます。
紅梅は、生命が絶えた「この世」に新しい生命が咲くことを告げる花です。
この世に、春があることを思い出させてくれるのが紅梅です。