咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

胡蝶 6

「さあて、これで紅梅と出会うことができたな」

 赤狐は紋白蝶を見失った手前、早口で言いました。

「はは。いやいや、そうはいかぬ」

 白狐が低く笑います。

「あれでは、出会ったことにはならぬ。互いに見合ってからこその出会い。紅梅は雪の中の胡蝶を見分けてはいない」

「まてまて、そもそもが、胡蝶が見たことのない紅梅を、一目見てみたい、との願いではなかったか」

 青狐が念を押します。

「なるほど、一目見たい、との願いと、巡り会いたい、との願いは、別の願いだ」

 赤狐も参加してきます。

 その時、イノチが声を上げます。

「我はあの紅梅に、言葉をかけたいのです」

 イノチは、もう少しで何かを思い出しそうになっていました。

 白黒の世界でただ一輪咲くあの紅の花が、イノチが「この世」を去った時に失った記憶を呼び戻そうとしています。

「言葉をかけたいとは、お前の望みは紅梅との縁を結びたいということか?」

 赤狐が少し声を固くします。イノチの言葉に違和感を覚えたからです。

「いいえ、我はあの紅梅のことを知っているのです」

 そういうイノチの言葉に青狐も不審を覚えます。

 何故なら、胡蝶は紅梅と「この世」では、出会うはずがないからです。

「知っているはずなのです」

 イノチは記憶を辿りつつ繰り返します。

 イノチから言葉が勝手に飛び出してきます。

「しかし、胡蝶と紅梅は、生命を冬で別つはず」

 青狐の声も尖ります。