咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

胡蝶 4

ところで、青狐がイノチに質問したのには理由がありました。

「この世」に強い願いや思いを残したイノチは「この世」と「あの世」の間にある、ここ「はざまの世」の三間四方の正方形の舞台の上で、残した願いや思いを物語り、「はざまのカミサマ」に聞いていただくことができるのです。

 

「紅梅に、会いたい」

 イノチがまた言葉を発します。そしてイノチは混乱します。

 自分でも思ってもいない言葉です。

 ちなみにこのクニでは言葉にさえ「言霊」という精霊が宿ります。

 しかし、イノチの言葉を聞いた青狐は、至極納得します。

「なるほど、胡蝶は春夏秋の花々とは出会えても、冬を割って咲く梅の花とだけは出会うことはない。未だ見ぬ梅の花に会ってみたい。ということか」

 青狐の問いかけに、イノチは沈黙で対応しながら記憶を辿ります。

 紅梅とは誰なのか。

 イノチは自分の記憶を、必死に呼び起こします。

「しかし、紅梅に会っても、その姿では相手にはお前が何者であるかがわかるまい」

 赤狐が立ち上がります。

「まずは、お前に姿を与えよう」

 赤狐の囁きに、イノチは、自分の姿を見回します。

 ほの暗い「はざまの世」では、イノチはぼんやりと透き通った陽炎のようにしか見えません。

 どうやら、赤狐はイノチに姿を与えることができるだけの妖力を持つ「カミサマ」のようです。